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あれから数日が経ち、奇妙な生物のことも忘れかけていた頃のことだ。 両親と兄と共に三成は夜の食卓を囲んでいた。
定期船の関係上物資に余裕があるわけではないが、魚だけは潤沢に採れるため食べ物に困ることはなかった。 夕食を終えると母が皿洗いをして、三成たち三人は食卓を囲いカードゲームで遊んでいた。
「わー、兄ちゃんだけズルいー!」
「何だよ、手加減してほしいのか?」
「そんなもんはいらない!」
「手加減をしたら怒るくせに、俺はどうしたらいいって言うんだよ」
軽い兄弟喧嘩に父は微笑ましく思っていた。 そんな日常がこれからも続いていく、そのような希望は緊急サイレンで打ち砕かれた。
―ウー、ウー。
パトカーでもなく消防車でもない爆音の警報に突如として一家団欒に暗雲が立ち込めた。
「一体何事!?」
「火事か? 津波か!?」
父が外を確認するに合わせ、兄弟二人も窓から外を眺めてみる。
「兄ちゃん、兄ちゃん! 見て! 変なのがいる!」
暗い夜道にまるで浮浪者のように徘徊する影があった。 そして、二人は何となくそれに見覚えがあったのだ。
「あれは・・・」
先日駄菓子屋で遭遇した正体不明のソレだった。 ただ一体ではなく何体もいて、道には襲われたのか人が血まみれで倒れていた。
「今すぐに荷物をまとめて家を出るんだ!」
父の声で避難する準備が始まった。 家に籠城する選択肢もあったが、警報が鳴ったということは避難しろということだ。
「何、ゾンビ?」
「ゾンビが接近しているなんていう情報は全く聞いていないぞ」
「そもそもゾンビって何よ!」
父と母は口を動かしながら準備のため手も動かしている。 先に三成と信晴は裏口で待機し、父は電話が繋がらないか確認していた。
「駄目だ、繋がらない」
「通信手段はないということ?」
「島がゾンビに襲われたとなると危険だな。 船も漁業用の木造船しかないし・・・」
エンジンを動力とするタイプの船は隔離地域指定された時に全て撤去されてしまったのだ。
木造船で島から逃げることは不可能ではないが、本土からはかなりの距離があり普通はそういったことは行われない。
「父ちゃん! 母ちゃん! 早くー!!」
裏口から外を見ると避難している人が大勢いた。
「もう時間がない」
そう言って父は庭の方へと進んでいった。 玄関は鍵がかかっているが、庭に面した縁側はガラス張りで簡単に破られてしまう。 台風用の防風扉を閉めなければすぐに侵入される可能性があった。
「兄ちゃん、あのゾンビって・・・」
「あぁ。 前に見たアイツと同じかもな」
「そんな・・・」
駄菓子屋のおじいさんが喰われていたのを思い出した。 恐怖から泣きそうになってしまう。 それが分かったのか信晴は手を強く握ってくれた。 いや、兄も怖いのだ。
震えが繋がった温もりと同時に伝わってきた。 ただそれでも心強かった。 いつも頼りになる兄が傍にいてくれる、それだけで三成は涙を堪えることができた。
「俺が時間を稼ぐ! 母さんは二人を連れて逃げろ!!」
玄関の扉が激しく叩かれるのを聞き、父はそう言った。 防風扉はまだ閉めることができておらず、ゾンビが迂回してくれば万事休すだった。
「でも!」
「いいから早く!!」
「ッ・・・」
母は躊躇う様子を見せるも、覚悟を決めたのか荷物を持って裏口へとやってきた。
「え!? 父ちゃんを置いて逃げるの!? 駄目だよそんなの!!」
父が心配になり三成は迎えに行こうとした。 それを母が止める。
「危険だから止めなさい! 私たちは逃げるの!!」
「嫌だ!!」
―――・・・このままだと、父ちゃんが喰われちゃうのかもしれない。
忘れかけていたはずの記憶。 しかし今危機に直面してみれば、脳裏に焼き付いている残酷な光景。 必死にもがくが母の力には敵わない。
もたもたしているうちにゾンビが迂回し、縁側のガラスを叩き割っていた。
「父ちゃんッ!!」
叫んだ瞬間ゾンビが父に向かって襲いかかった。 それから先はまともに見ていられなかった。 だが裏口から逃げる一瞬の間に振り返ってみれば、父は声一つ上げず無残に食い散らかされてしまっていた。
「そんな・・・ッ!」
ゾンビの力に人間では抵抗できないようだ。 喉から込み上げる吐き気を抑えた時、手を引く母が涙を流しながら嘔吐していた。
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