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「父ちゃん!!」
三成は叫んだ。 そんな三成の腕を母は口元を抑えながら引っ張ろうとした。 しかし片手では力が足りず、それを見た信晴が弟の腕を取った。
「三成、行くぞ!」
「嫌だ!!」
「今は非常事態なんだ! 三成だってそのくらいは分かるだろ!?」
「ッ・・・」
母は食糧が入った荷物を持ち先導した。
「母ちゃん! 父ちゃんは!?」
「・・・」
「兄ちゃん!」
「・・・」
もう母も兄も何も言うことはなかった。 ひたすら走ってここから離れ避難するしかない。 黙って歩く兄が手を繋いでくれた。 それが何より温かくとても頼もしく思えた。
「公民館が避難場所として指定されている! パニックにならず、冷静に避難してください!」
「冷静にって無理だろ! 見たかよ、何なんだあれは!」
島の人々の叫び声が聞こえる。 皆同じ方向へ逃げていくようだった。 その流れから決して外れまいと付いていく。 走りながら三成は信晴に尋ねた。
「・・・兄ちゃんは辛くないの?」
「・・・父ちゃんがいない今、俺がしっかりしないといけない。 いつまでも泣いてはいられないんだ」
「え・・・」
そう言われチラリと母を見る。 母は唇を血が出る程噛み、静かに涙を流していた。 それを見てこれ以上は何も言えなくなった。
「人、たくさんいる・・・」
今は夜だが島である朝暮島に街灯は少ない。 それでも人の気配は感じた。 三成と母以外にも泣いている者はいるようだった。 避難していると周りの声が聞こえてくる。
「ゾンビに喰われたらどうなるのか知っているか? 喰われたソイツもゾンビになっちまうんだってよ!」
「嘘、本当に!?」
その会話を聞いてゾッとした。 今頃父もそうなってしまうと考えるだけで怖くてたまらなかった。 信晴もその会話が聞こえていたのかギュッと手を握り締めてくれる。
「・・・ねぇ、兄ちゃん」
「ん?」
「もし僕が逃げ遅れてゾンビに食べられて、ゾンビ化しちゃったら兄ちゃんはどうする?」
三成がほしいものは安心だ。 嘘でもいいからこの絶望的な状況で希望のある言葉をかけてほしい。 ただその一点から口にした疑問。 そんな弟の性格を信晴はよく分かっていた。
ただ気休めばかり言うのが正解というわけでもない。
「そしたら俺を喰え」
「え!? どうしてさ!」
「俺も一緒にゾンビになってやる。 大丈夫、三成を一人にはしない」
「ッ・・・」
兄に見捨てないと言われても、その時は三成の手で兄を殺してしまうことになる。 見捨てると言われれば、今希望を失ってしまうだろう。
だが一緒にゾンビになってくれると言われたら、一人でないと思うことができる。 信晴は見事三成にやる気を出させ、そして歩き始めてから三時間程が経った。
「人が少なくなってきたわね・・・」
先導していた母が言った。 皆各々休憩を挟んでいるのだろう。 そして一人幼い三成は体力的に限界が近付いていた。
「母ちゃん、もう疲れた・・・」
普段なら三成は既に寝ている時間。 更に精神、肉体共に疲労を極めるとあれば眠くなるのは致し方ないことだ。
「そうね。 少し休みましょう」
三人で安全で休めそうな場所を探した。
「もし移動をするなら、朝日が出てからの方がいい」
「そうね」
兄と母が話している。 既に三成はうとうとしていて意識が飛びかけていた。
「信晴、お母さんと交代で見張りましょう」
「分かった。 三成、安心して眠っていいよ」
「うん・・・」
信晴にそう言われゆっくりと三成は目を瞑った。
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