朝暮島

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再び三成は夢を見ていた。 妙に現実的で奇妙、ただ瞬間に夢だと分かる謎の夢。 母が店の中へ食糧を調達している間、三成と信晴は店の外で待っているようだ。  毎度、おそらくは顔くらいは分かる相手の家の冷蔵庫や戸棚を漁るのは少しばかり気が引ける。 だが自身の家も同様の憂き目に遭っているであろうことも考え、背に腹は代えられないのだ。  貴重品その他に手を出さないようにはしている。  「なぁ、あのゾンビって一体何なんだ?」 「とある筋から仕入れた情報で、真偽は不明なんだけどよ。 あの奇病、特効薬が開発され治る病気になったと思ったよな?」 どうやら聞こえてくるのは同じように食料を漁る住民の声。 内容が内容だけに興味が傾く。 「あぁ。 凄ぇよな、薬の力は」 「ところがどっこい、ゾンビは奇病から快復した人間だって噂があるんだ」 「おいおい、それマジかよ!? いや、噂か・・・。 あ、でも確かに俺の母ちゃんも病気にかかっていた。 特効薬でようやく隔離生活からも抜け出せると思っていたのに・・・。   ゾンビに変わっちまって」 「罹ればほぼ死んでいた極悪な病気より、マシかどうかは知らないけどな。 とにかくゾンビを見たら迷わず殺せ」 「そんなッ・・・!」 「元が親でも恋人でも、躊躇したらこっちがゾンビの仲間入りになっちまう。 そして、お前の大切な人の命をその手で奪うことになるかもしれないんだ」 そこまで聞くと大きく身体が揺れた。 現実で身体を揺すられているのだ。 「三成。 三成、起きろ!」 「ん・・・」 「移動するってさ」 先程の人々の話は夢だったのだと分かった。 どこか心がモヤモヤとするのは、自身奇病からの快復者だからだ。 母が用意した乾燥しかけた食パンを口にし、早速移動を開始した。 「眩しい・・・」 「朝日が昇り始めたばかりだからな」 移動をする時は必ず信晴が手を繋いでくれている。 それが心強かった。 「二人はここにいて。 お母さんはまた食糧を調達しに行ってくるから。 怪しいモノを見かけたら逃げるのよ」 母は破壊された民家があれば率先して物資を調達しに行った。 今のところ家の中にゾンビがいるといったことはない。  もちろん警戒はしているが、おそらくゾンビは日中帯は活動を自粛しているのではないだろうか。 外で待っていると夢の中で聞いた会話が脳裏を過る。 ―――・・・あの夢の話が本当なら、僕もいずれゾンビになる時が来るのかな・・・。 いつ自分が自分でなくなるかと考えるだけで気が気でない。 震える手を必死に押さえ付けていると、どうやら信晴もそれに気付いたらしい。 「三成? どうかしたか?」 「兄ちゃん、僕・・・」 「ん?」 「・・・寝ている時に、また夢を見たんだ」 「夢? 何の?」 「周りの人がゾンビについて話している夢」 正直なところそれを話したくない気持ちもあった。 いずれ自分がゾンビになるとなれば、信晴は自分から離れてしまうのかもしれない。  だがそれでも隠さず話したのは、もしその時が来るとしたら備えていてほしいからだ。 「でもそれ、ただの夢だし、仮に正夢だったとしても噂話に過ぎないんじゃないか?」 「そうかもしれない・・・」 そう話していた時、周りの人の声が聞こえてきた。 そしてその内容は夢で見たものと全く同じだったのだ。 「なぁ、あのゾンビって一体何なんだ?」 「とある筋から仕入れた情報で、真偽は不明なんだけどよ。 あの奇病、特効薬が開発され治る病気になったと思ったよな?」 「あぁ。 凄ぇよな、薬の力は」 「ところがどっこい、ゾンビは奇病から快復した人間だって噂があるんだ」 「おいおい、それマジかよ!? いや、噂か・・・。 あ、でも確かに俺の母ちゃんも病気にかかっていた。 特効薬でようやく隔離生活からも抜け出せると思っていたのに・・・。   ゾンビに変わっちまって」 「罹ればほぼ死んでいた極悪な病気より、マシかどうかは知らないけどな。 とにかくゾンビを見たら迷わず殺せ」 「そんなッ・・・!」 「元が親でも恋人でも、躊躇したらこっちがゾンビの仲間入りになっちまう。 そして、お前の大切な人の命をその手で奪うことになるかもしれないんだ」 一言一句全く違わない言葉を聞けば身体が恐怖で震えた。 単なる噂話に過ぎなかったであろうそれが、やたらと信憑性を伴って思えたのだ。 「三成」 「な、何?」 「さっき三成が夢で言っていた話と同じ言葉だったな」 「うん・・・」 信晴も同様かそれ以上に驚いていた。 「内容自体はあまり気にするな。 ただこういう時って、単なる噂が単なる噂で終わらない可能性もある。 三成が快復者であることは絶対に言うなよ」 「うん」 「それよりも・・・」 「何?」 考える様子を見せる信晴だったが溜め息をついて首を横に振った。 「・・・いや、何でもない。 俺も疲れているのかもな」 「?」 母が戻ってきて今日も随分と歩くことになった。 日が出ているうちに距離を稼ぎ夜は動き回らず休息をとる。 大きな島ではないが、それでも周囲を警戒しながらの歩みは遅い。  精神的にも疲弊し、特に小さな三成には辛そうだ。 「兄ちゃん、待ってぇ・・・!」 「大丈夫か? 疲れたか?」 この時三成は気付いていなかった。 今身の置いた状況が、先程夢で見たものと全く同じだということに。 「母さん! 三成がもう限界だって!」 「そう。 じゃあ今日はこの辺りで休みましょう」 まだ日が落ちていないことを確認し、母は少しでも備蓄を増やすため出かけていった。 その間は二人は勝手に動かないという取り決めになっている。 「僕たちはいつまで逃げればいいの?」 「・・・ずっと遠くまでさ」 「今公民館へ向かっているんでしょ? 本当にそこならゾンビを防ぐことができるの?」 信晴は考えてから言った。 「・・・それは行ってみなければ分からない。 だけど少人数より大人数でいた方がいい」 「そんな!」 「ゾンビを撃退する方法は分からないんだろ? だったらどうしようもないじゃないか」 三成は肉体的にも精神的にも疲労が蓄積し、夢の時と全く同じ言葉を口にしているのに気付いていないのだ。 もし夢の内容を詳細に語っていたのなら、信晴は気付いていたことだろう。 「前にも言っただろ。 もし三成に何かあったとしたら、俺が何とかしてやる。 だけど三成自身が諦めたらどうすることもできないんだ」 「うん・・・。 兄ちゃんは強いね。 兄ちゃんがいなかったら僕、家に閉じこもったままゾンビに食べられていたと思う」 「俺だって一人だったらこうはいかないさ」 「兄ちゃん・・・」 「そう言えば、さっき三成が言っていたことが気になって仕方がないんだ。 母さんがゾンビに」 信晴が何かを言いかけたその時だった。 「三成ッ!」 三成は信晴に大きく突き飛ばされ、その瞬間大きく振られたゾンビの手の先に長く伸びた爪が信晴の腕を抉った。 衣服を切り裂き三筋の裂け目から血が噴き出している。  その時食料の調達を終え帰ってきた母は、その光景を見た瞬間ゾンビの前に飛び出していた。 袋を三成に投げ渡すと落ちていた棒をゾンビに向かって振った。 「逃げなさい!! 早く、私のことは構わず!」 母がこれ程必死で叫ぶ姿を見るのは初めてだった。 「そんな、駄目だよ母ちゃん! 母ちゃんも一緒に逃げるんだ!!」 「もう間に合わないの! お願いだからすぐに逃げなさい!!」 「嫌だ! 母ちゃんを置いて逃げたくない!!」 「信晴!!」 先程父を失い、今度は母も失いそうになっている。 三成としては見捨てることなんてできなかった。  母が振った棒切れはゾンビの頭に当たりよろめかせることはできたが、すぐに体勢を整え襲いかかろうとしている。 いや、既に振り切られたゾンビの手により母の腕は折れあらぬ方向に曲がっていた。 「早くして!!」 鬼気迫る母の表情を見て信晴は食糧の入ったバッグを持ち三成の手を引っ張った。 「え、待って! 兄ちゃん嫌だ! 僕もここに残る!!」 「我儘を言うな! 今の緊急事態を分かっているだろ!?」 「嫌、嫌だ・・・。 母ちゃん・・・ッ! 母ちゃんッ!!」 叫んだ瞬間ゾンビが母を襲った。 母がゾンビに噛まれているその瞬間を見てしまった。 声にもならない悲鳴を三成は上げる。 「三成! ここから離れるぞ!!」 嫌々ながらも信晴に引っ張られこの場から離れた。 ゾンビに発見されるともう成す術はないのかもしれない。 手を繋いで逃げている時、信晴の手は震えていた。
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