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1(1〜10)
「おい、ジンバよ。お前はあの程度の鳥を射落とすこともできないのか?」
父の言葉はひとつの衝撃であった。父の姿を見ていた自分からすれば、できないという結果は想像の中になかったからだ。そもそも、弓を引く感覚が想像と全く違っていたのだ。昨日までの記憶は持っていないのだが、感覚的な記憶だけは間違いなく持っていた。父がいとも簡単に行うことをできない人達がいることは誰かは記憶せずとも知っていた。そんな者達を馬鹿にしていた自分がいたのも、ひとつの感覚的記憶であった。
その衝撃とはおそらく恐怖であった。自分と他者が同値であるという現実に対してなのかはわからない。だが、できない自分がそこにいて、それを父から指摘された。難なく歩める道すがらにいたつもりが、急にその道を閉ざされたような感覚。超え方も知らなければ、他の道も知らない。その境地の先にある道。時間という有限性の感覚には自身の中で許容できる限界点がある。その範疇が、まるで今という瞬間にのみ許容されているような父の言葉。見えていたはずの道が急に見えなくなった…。いつその道が現れ、歩めるようになるのか算段の確信もない。
「…もう一回っ」
道はこれしか思い浮かばなかった。鳥を射落とさなければ、この不快な感覚から逃れることはできないと本能的に覚った。
矢に手を伸ばした時、父は更に言葉を乗せた。
「これが獣であれば死んでいるところだったぞ。最後だと思ってやれ」
その瞬間、衝動は父を的と見定めた。が、身体は父に弓を向けることをしなかった。それもまた本能から来る答えだったのであろう。矢から手を離し、父のいない右手の空を力一杯に殴り付けた。
「黙っててっ。気が散るっ」
煮える頭が振り絞って出した言葉だった。
すると父は腰を落とし、導くように言った。
「そうだ、感覚を研ぎ澄ませ…。全てが点として交わり合う瞬間を待ち、矢を放つのだ」
だが、引く弓はやはり重く、少しでも強く射ようと力一杯に引く以外のことには気を向けられず、ただ当たってくれと願うしかできなかった。
矢は勢いよく放たれた。
(いった…)
少なくともこの日経験したどの一矢よりも力があった。他の者達を超えた。その瞬間、先程の不快感は拭い去られた。確信しかなかった。
だが、その感覚と裏腹に、木上に休む鳥に届くことはなく、弱々しく土上に落ちていった。それはまるで自分自身のようでもあった。
「…終わりだ、帰るぞっ」
父はそう言って立ち上がった。自分もそれ以上の挑戦をせがむ事はしなかった。生を受けて5年にも満たない年齢ではあったが、これ以上が無駄なことくらいは察し得た。
帰り道。何度も最後の一矢の感覚を無意識に繰り返す身体がいた。時に衝動的に表立ち、射る姿勢として試す事もあったが、そのほとんどは感覚でのみ行われた。自信を問われれば否定しなかっただろうが、その思いはまずなかった。あるのは挑戦への期待であり、楽しみで仕方がなかった。
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