夢の中

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「ねぇ、覚えてる?」  最近よく見る夢がある。  誰からなのかは分からないけれど、そう問いかけられる夢だ。声からして、きっと男性だということが判別できるくらいの不明瞭さなので、毎回のように、それが誰の声なのか、特定することができない。特定する前にいつも夢は途切れてしまう。起き上がった後もしばらく私はその声の主が誰かということを考えるのだが、日中にはまた忘れてしまっている。そして、眠った後にその夢をまた見て思い出す。その繰り返しだった。 「小柳さんって変わってますよね」  出勤後、内藤君が申し送りの途中で唐突にそう言った。  私は地方の、とある総合病院に看護師として勤務している。彼は私より二歳ばかり歳下の同じ病棟の男性看護師で、親しみやすい性格をしており、老若男女問わず入職当時から皆に人気があった。 「変わってるってどんな風に?」  内藤君は夜勤後にも関わらず、相変わらず肌艶も愛想も良く、周囲に疲労を感じさせない。それが彼の美点だった。 「なんか、感情が読めないんですよね」  夜勤後の看護師がパタパタと帰る支度を終え、病棟から立ち去り、日勤の看護師はパソコンを操作する者、患者の元へ向かう者でそれぞれ騒々しく動き始める。  ああ、この感じと思う。これまで約五年間繰り返してきた流れとちっとも変わらないはずなのに、この時間が一番、一日が動き出している感じがする。私はこの空気感が嫌いではないけれど、好きでもない。 「だから、どういうこと?」  その時、年配の看護師の「申し送り終わったら、始めちゃってよー」と間延びした声が聞こえて、私達は口を噤んだ。気づくと朝礼が済んだ詰め所の中で、残っているのは私達だけであった。 「まあ、また今度ゆっくり話しましょうよ。お疲れ様でした。日勤頑張ってください」  内藤君はそう言って、自分の荷物をまとめ、ロッカーに足早に立ち去ってしまった。私は取り残されたような気持ちになりながら、今日の受け持ち患者のケアや検査の予定を確認し、動き出した。  気がつくと昼休憩の時間になり、次に気がついた時にはもう、業務が終わる時間になっていた。忙しくしていると、時間の感覚がなくなる。私は朝ぶりに内藤君から言われた「変わってますよね」の一言を思い出し、どこか引っかかるものを感じながら帰路についた。
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