夢の中

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 一人の空間に帰って来るとどっと疲れが出て来る。私は、通勤用のバッグを玄関に投げ出し、冷凍ご飯を解凍しながら、テレビを適当なチャンネルに合わせる。  一人暮らしのワンルームは綺麗な代わりに少し狭い。しかし、私の部屋は人を呼ぶ機会もないので、衛生的な意味で、綺麗とは言い難い状態になっている。雑多に物が散らばり、小蝿が湧いたりゴキブリが出たりしない程度に管理している程度の清潔さ。私はその程度が丁度いい。いかにも自分に相応しい空間という気がする。私は職場にいる時間以外の大半の時間はここで過ごす。休日だからといって、遊びに出かけることもまずないし、スーパーでの買い物も三日に一度、行くか行かないかくらいのものだ。私は一人で過ごす時間が堪らなく心地良い。  明日も早い。今日は疲れたし早めに寝てしまおう。そう思い、二十二時には早々と寝床についた。体がベッドに吸い込まれるように深く沈んでいき、私は意識を手放した。 「ねぇ、覚えてる?」  唐突に声が聞こえた気がした。周囲を見渡すが、部屋は真っ暗で何も見えない。鍵は必ず就寝前に施錠を確認するので、鍵を閉め忘れたということもないはずだ。いつもの夢の、朧げな声だけがひっそりとした空間に聞こえたような気がした。むくりと起き上がるが、周囲に変わった様子は見受けられない。私はそのままベットに戻り、再び眠りにつこうとする。しかし、なかなか眠ることはできず、カーテンから徐々に差し込む光を感じながら、朝を迎えた。今までこの夢に眠りを妨げられることはなかった。今まで見ていた夢が現実世界まで侵食して来たような感覚だった。少しの薄気味悪さを感じながら私は、アラームを解除し、背伸びをしながら洗面所に向かった。 「先日の話ですけど」  出勤している途中で私服姿の内藤君にばったり会った。彼はこざっぱりとした服装をしていて、ボディバッグを背負い、右手にはお弁当が入った袋を持っていた。向かう場所が同じ私達は自然と一緒に歩く形になった。  自炊を心がけているという内藤君のバッグからは彼の歩く速さに合わせて、水筒の中の氷がぶつかる音が絶えず聞こえた。 「ああ、私が変わってるって話?」 「そうです、あれ、深い意味は特になくて。でも小柳さんにもし不快な思いをさせたのなら、謝っておきたくて」  職場に近づくにつれて、段々と見知った顔が多くなって来る。 「別にいいよ」  睡眠不足がたたって、いつもよりも体が重い。そのことに気を取られ、先日のことなど忘れていたのに、タイミング悪く内藤君が切り出してきた話題に私は少し苛立つ。  そのようなことはいまはどうでもいい。  内藤君の水筒の音が止んだ。振り返ると彼は隣の病棟の看護師に話しかけられているところだった。確か、彼と同期の斉藤だったと記憶している。彼女は業務にかこつけて、よく内藤君に会いに来るので、他人に無関心な私でも知っている存在だった。  私は彼らを残し、その場を立ち去った。
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