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「置いてかないでくださいよ」
ロッカールームで着替えを済ませた後、病棟に入ると内藤君がそう話しかけてきた。
「邪魔かなって思って」
「邪魔なんかじゃないですよ。俺が最初に話してたのは小柳さんなんですから」
内藤君は不本意な様子でそう言うと、丁度朝礼が始まった。いつもは、好きでも嫌いでもない時間が、今日はとても煩わしく感じられて、私はそれを全て睡眠不足の一言で片付けた。
「変わってるね」
そう言われたことは一度や二度ではない。感情が読めない、とっつきづらい、そのような言葉を正面切って投げかけられたこともあるし、陰口としてたまたま聞いてしまったこともある。
私はそういう人として、特に親しい友人も作らず、今までを生きてきた。そのことで困ったことはなかったし、自分を変えようと思ったこともなかった。
「あの小柳っていう看護師な、何か話しかけてもニコッともしないし、愛想悪くてな」
病室の前を通る時、そのような声が聞こえてきた。昨日の受け持ち患者の一人だった。気にしていないはずなのに、ほんの少しだけ呼吸が浅くなる心地がした。
「まあまあ、小柳さんもいい人ですよ。仕事熱心で患者さんのことよく考えてます」
話し相手は内藤君らしく、彼の声が耳に飛び込んできた。私は全身が熱くなり、なんとも形容し難い、羞恥心でも、憤りでもない感情に震えた。患者を取りなすため仕方ないこととはいっても、「変わってますよね」と発言した張本人の内藤君が私を庇った。私はそのことに対して、少しばかりの自尊心を傷つけられたのだと認識した。
その時、唐突に「ねぇ、覚えてる?」と夢の中で私に問いかける声を思い出した。本当に何の前触れもなく、しかし、その声は確かに私の中で、輪郭を持ち始めた。
仕事が終わり、スーパーに寄って帰ろうとしたところで、前方を内藤君と、斉藤さんが並んで歩いているのが見えた。背が高くすらりとした内藤君と、背が小さめで可愛らしい雰囲気を纏った斉藤さんはいかにも、お似合いの二人という感じだった。私は彼らが見えなくなるまでしばしの間、コンビニで時間を潰し、欲しくもないタバコを一つだけ買った。
「ねぇ、覚えてる?」
そう声をかけられたのは、スーパーの生鮮食品コーナーで三割引になったホッケを見ていた時のことだった。
「え?」
私は急に話しかけられたことにまず驚き、目の前に立っている人物を見て、更に驚いた。
「古賀君?」
目の前には高校を卒業して以来、会っていなかったクラスメイト、古賀修介が立っていたのだ。
「そうそう! 本当に久しぶりだなぁ」
古賀君はそう言って屈託無く笑った。彼は多少の肉付きがよくなったこと以外は、高校の頃のままだった。まさかの再会に驚き、何も言えない私に向かって、古賀君は、仕事帰りにスーパーに寄ったら私がいて驚いたこと、数年前からこの近くに住んでいることを話した。
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