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「俺さぁ、イルカショーって嫌いなんだよな」
隣から聞こえた突然の告白。真翔はえっとなり、言葉が咄嗟に出てこなかった。背筋にひやりと冷たいものが伝わる。
「え……そうだったの?」
訊いてから、前の自分だったら当然のように知っていたことなんじゃないかと考えて焦った。
だが、柚一はたいして気に留めることなく、「うん、そう」と軽く返事しただけだった。
「なんか痛々しくね? 食いモンもらうために芸を覚えて、飛んだり跳ねたりするんだぜ。あんな喉絞ったみたいな声出してさ。残酷とまでは言わねぇけど、正直見てて何がおもしろいんだろうって思う。健気って言えば聞こえはいいんだろうけどさ」
なかなか辛辣……に聞こえるのは気のせいだろうか。どちらにせよ、柚一がイルカショーを見るのが好きではないようだ。それだけは背中に矢が刺さるより明らかだ。
一人で盛り上がっていた自分が恥ずかしかった。柚一の気持ちを理解できていなかったことがショックだった。
やっと繋いだ手が馴染んできたと思っていた。温もりを共有していると。
途端に居心地が悪くなる。向こうは手を離してほしいと思っているんじゃないだろうか。ソワソワする。今までの自分の行動がすべて間違っているような気がして、自信が無くなる。
「意外だったか?」
フッと尋ねられ、真翔は言葉に詰まった。お世辞でも否定できなかった。だって柚一はどこかイルカに似ている。垂れ目なところとか、優しい雰囲気とか……。
似てるからといってイルカが好きというのは暴論かもしれない。だが柚一の親しみやすい笑顔からは、まさかイルカショーに対してマイナスの気持ちを抱いているとは想像しにくいだろう。
後出しじゃんけんのように「い、いや……」と否定するものの、柚一にはすぐにバレた。
「無理しなくていーぜ。自分が世間一般でいうと冷めてる方に分類されるってことは知ってるし」
「……」
「基本的に興味ねぇんだよ。不特定多数の人間と一緒に盛り上がる系っていうの? こういうショーとかフェスとかさ」
耳が痛い。
「そんな感じで、イベントも苦手なんだわ。畑は違うかもしんねぇけど、クリスマスとかバレンタインとか、記念日とかも」
クリスマスプレゼントのハンカチが、ボディバッグの中でずしっと重たくなったように感じた。
いよいよ胃がキリキリと痛くなってくる。そんなに嫌だったのか。ならどうしてクリスマスが近いこの時季に、自分の誘いに乗ったんだろう。断ってくれてよかったのに。期待して毒を浴びせられるくらいなら、最初から望みなんてほしくなかった。
沈んだ気持ちを立て直そうとするが、手を繋いでいる限りできないと思った。真翔は隣の男の手を離そうと、手の力を緩める。
だがその手を握り返してきたのは、柚一だった。
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