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その年は、柚一の大学卒業と真翔の高校卒業が重なった。柚一は小学校教諭として働くことが決まり、進学する気のなかった真翔は宅配業者への就職が決まっていた。
しかも、二人とも実家から通うには距離的に厳しく、かといってそれぞれ一人暮らしをする金銭的余裕もなかった。
――いっしょに住めばいいじゃん。
緊張気味の真翔にそう言われたとき、柚一は戸惑った。告白の答えを保留している身として、今が返事のときだと思ったからだ。
簡単に「うん」とは言えない。けれどそれ以上に、真翔の提案を断る理由を見つけることができなかった自分に驚いた。
それが答えだった。
はじめは微妙な関係からスタートした同棲生活。それも自分に好意のある人間が毎日近くにいる状況というのは、柚一の気持ちを少しずつ変えていった。自然と情は生まれ、募っていくそれらが恋愛感情へと変わるのに、時間はかからなかった。
現在、柚一にとって真翔という存在は、『弟』よりも『恋人』の色が強い。
余計な心労をかけさせたくないので、一応両親の前では呼び名や距離感を変えて兄弟を演じている。だがそれ以外では手を繋ぎ、キスをしたりしているときの方がしっくりくるのだった。
首元をペロペロと舐めてくる恋人の胸を、柚一は「くすぐったい」とそっと押した。
「じゃあこっちにする」
柚一の首筋から頭を上げ、真翔はそっと柚一の唇に口づけた。唇同士の触れあいは一瞬だけで、慣れた舌先はあっという間に柚一の唇を割って入ってきた。当然のように柚一もそれを受け入れ、真翔の背中に腕を回した。
侵入してきた舌と、自分のそれを絡ませる。これまで数えきれないくらいキスをしているのに、真翔とのキスはずっと気持ちいい。
頭の片隅で、あとちょっとだけ……と思った、そのときだ。背中に回されていた真翔の手が、柚一の履いているスウェットのゴム部分から、するりと滑りこんできた。
柚一はプハッと慌てて口を離し、「ストップ!」と、引っついてくる恋人を引き離した。
「まさか今するつもりじゃないだろうな!?」
真翔は「ちょっとだけ」と言い、スウェットズボンに指をかけてくる。
「ダメダメ! 遅刻する!」
「柚一は時間まだ大丈夫でしょ」
「おまえが大丈夫じゃないから言ってんの!」
スウェットを脱がせてこようとする手を阻止すると、真翔は「バイク飛ばせばいける」と言った。
「バカ。事故ったら元も子もないんだぞ。帰ってきたらいっぱいしてやるから」
「ホントに? いっぱい?」
真翔が首を傾げて訊いてくる。柚一が「いーっぱい!」と復唱すると、真翔はようやく柚一のズボンから手を引っこめた。
「今日は出前とるし――あっ、どうせなら少し早いけどクリスマスってことにしようぜ。マナ、クリスマス当日も十二月の土日もぜんぶ仕事だろ?」
「そうだけどーーって、クリスマスやるの? 今日?」
真翔の頬が期待に緩む。
「そうそう、俺がケーキ買って帰るからさ。いつものでいいだろ? 駅前のところの」
真翔は頷いた。甘いものが苦手な真翔だが、イベント事に食べるケーキだけは別舌らしい。嬉しいのか、雰囲気が一気に柔らかくなる。
「俺、今日は必ず早く帰る」
「おう。俺もそーするよ」
恋人を安心させるように、柚一は笑いかける。真翔もふっと笑みを落とし、靴箱の上のヘルメットを手に取った。
「行ってきます」
どこか浮かれたような真翔の背中が、玄関から出ていく。ああ、夜が待ち遠しい。
柚一はニヤける頬を指で揉みながら、早く夜になればいいのにと思った。
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