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真翔は無意識のうちに、相手の肩を掴んでいた。グイッと自分側に引き、正面を振り向かせた。
「……っ」
体を向かせた反動から、目の下に溜まっていた涙が落ちる。柚一の胸元に落ちた涙は、白いシャツに小さな染みを作った。
「俺は泣いてないからな」
どう見ても泣いているくせに、何を言ってるんだと思った。
「でも、泣いてる」
「泣いてねえって。これは一人でヤッてるところを弟に見られたのが、死ぬほど恥ずかしくて悔しいだけだ」
柚一は自身の肩から真翔の手を払うと、目元の涙をワイシャツの袖でゴシゴシと拭いた。
「……おまえのせいじゃない」
じゃあ誰のせいだというんだろう。柚一の見え透いた嘘に、胸がツキッと痛んだ。
どうしてあんなことを言ってしまったのか、自分でもよくわからない。自分のマットレスの上でオナニーをしている柚一を見て、カッとなったのは事実だ。
でも傷つけたかったかと問われれば、自分は間違いなくこう言うだろう。違う、と。ましてや泣かせたかったわけじゃない。兄が泣かないで済むのなら、それが一番いいと思っていたくらいだ。
あんなに煙たがっていた罪悪感の海に、自ら飛び込んでしまうなんて。真翔は自分の行動が信じられなかった。
柚一の涙を見ていると、重苦しい気分が募っていく。滝のような後悔が、頭の上から降ってくる。
「……悪かった」
真翔がそう言うと、柚一はハッと笑った。
「やめろよ。おまえのせいじゃないって言ってんだろ」
「いや、俺のせいだ。今のはさすがに言い過ぎた」
「……言い過ぎた?」柚一が繰り返す。
「ああ。兄貴の気持ちも考えないで、酷いことを言った」
足元にやっていた目を、柚一は恐る恐るというように上げた。
「おまえ、なに言ってんの? 『マナ』になったつもりかよ」
目を腫らした柚一に鼻で笑われた瞬間、胸を刺すような痛みに襲われた。何を言われているのか、すぐには理解できなかった。
「同じ顔と声でも、おまえはマナじゃない……嫌ってくらい、もうわかってんだわ。俺だってさ」
柚一は淡々とした口調で続ける。
「そりゃマナと同じ顔で、気になる人ができたとか言われんのは堪えたよ。でもさ、これでもちょっと安心してんだ」
安心、という言葉が引っかかったが、柚一に直接聞く勇気はなかった。
「はは……これでようやく俺も『あいつ』のこと、忘れられるなぁ……」
語尾を震わせて、柚一は目頭を指で押さえた。諦めたような笑いが、嗚咽に変わる。ひっく、と喉の奥を鳴らし、顔をくしゃくしゃにして再び泣き始めた。
真翔は言葉が出なかった。全身が強張り、指一本すら動かせない。
ただ、背中を丸めて嗚咽を漏らす柚一を見ていると、胸のあたりがギシギシと音を立てて軋んだ。居ても立っても居られなくなる。
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