好きをわすれないで

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 濡れた声に心臓が高鳴る。真翔はゴクッと唾を呑んだ。 「なんのつもりだ。やめろよ……っ」 「……っ」  性器をぬちゃぬちゃと音を立てて扱くと、柚一の抵抗も次第に弱々しくなっていった。「やめろ」と言っているが、食いしばった歯のあいだからは濃いため息が漏れている。 「なんで……っ手も一緒なんだよ……っバカ、バカ……っ」  力の入らない拳で、柚一がこちらの胸を叩いてくる。落ち着きのない手首を掴むと、柚一はやっと抵抗を諦めた。空いた手を口元にやり、ぎゅっと目をつぶった姿は不思議と色っぽく見えた。 「やだ……っ触んなよ……俺に触っていいのはマナだけだ……っ。おまえじゃない……真翔じゃない……っ!」  突き刺す痛みが胸に走る。真翔は顔をしかめ、「チッ」と舌打ちした。  悔しさがこみ上げ、苛立ちが腹に溜まっていくようだった。『マナ』は柚一にどんな風に触ったんだろう。自分と同じ手で、どうやって柚一の体を愛したんだろうか。考えると、むしゃくしゃした。  根元から先端までを、手で何度も往復させる。そのたびに柚一は「やだ」と言いつつ、性器を硬くさせては、先端からは透明な液体をあふれさせた。 「……俺の手を『マナ』だと思えばいい」  柚一の耳元に告げる。  震わせた瞼をゆっくり開け、柚一は涙に濡れた目でこちらを見上げた。柚一の目に映っているのは間違いなく自分の顔なのに、知らない人間に見えた。苦しかった。だけど、どうしてこんなに苦しいと感じているのか、自分でもわからなかった。  真翔は思い切って、 「柚一」  と相手の目を見ながら呼んでみた。 「……っ」  柚一の目が、驚きに見開く。 「ぇ……マナ……?」  『マナ』は兄のことを、『柚一』と呼んでいたのか。真翔はそこで初めて知った。  自分が『マナだ』とも、『マナじゃない』とも言えなかった。前者は自分が、後者は柚一が傷つくような気がしたから。  真翔はもう一度「柚一」と兄の耳元で囁いてから、掴んでいた柚一の内側の手首にキスをした。 「マナ……なのか?」  答えたくなかった。言い訳のように相手の手首を舐め、手のひらをツーと舌で移動し、指のつけ根も舐める。  くすぐったそうに「ン」と身を引く柚一に、こちらまで妙な気持ちになってくる。このままではまずい。真翔は休止していた右手を再開させ、柚一のそこを上下に扱きだした。 「あっ、や……ン……っまって……っ」  柚一は小さく首を横に振る。 「ンぁ……っで、出ちゃう……っから」 「出していい」 「や、だ……っキ……っキ、ス……した、い……っ」  潤いのある唇の合間から、赤い舌が見えた。果実のように熟れた舌から、目が離せなくなる。自分は飢えた動物だ、と思った。そうでないと、自分の行動に説明がつかない。  柚一の舌に煽られる。真翔は引き寄せられるように、柚一の唇を目指した。右手を動かしながら、相手の唇に口づける。  柚一の唇はなめらかで、思ったよりも薄かった。舌を絡めとると、その熱さと動きの拙さに興奮した。
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