好きをわすれないで

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「うわっ。いたなら声かけろよ。びっくりするだろ」  柚一の顔が赤い気がする。なんでだろうと考えて、自分がシャツを着ていなかったことを思い出した。  柚一は文句を投げたあと、すぐに前を向いた。水道からグラスに注いだ水を一気に飲み、口を手の甲で拭っている。  耳を赤くさせたまま、こちらを見ようとしない男に、真翔は少しだけちょっかいを出してみたくなった。  柚一の背後に近づく。耳の後ろを指でさわっと人差し指の背で撫でると、柚一は「ひゃあっ」と肩を弾ませた。  耳を指で摘まみ、「なっ、なにすんだよ!」と柚一が困惑を怒りに乗せて訴えてくる。そんな男を見ていると、真翔もふっと笑みがこぼれてしまった。 「や、やめろよ……こういうことするの」  トーンの下がった柚一の声が、濡れているような気がする。自分に触られて、恥ずかしがっているのだろうか。 「こういうことって?」 「急に触んなってことだよ。俺のこと、気持ち悪いんだろ……おまえ」 「そんなことは――」  そういえば前に、柚一に『気持ち悪い』と言ったことがある。真翔が記憶を失くしたことを、互いに認めていなかった頃の話だ。  自分と柚一の仲睦まじく二人で写った写真を見て、吐きそうになったのは事実だ。たしかに自分は柚一に、この口で『気持ち悪い』と言った。  だけど今はどうだろうか。頭では気持ち悪いと思う自分がまだいる。でもこの手は、平気で柚一に触れてしまうのだ。  はっきりしない自分にチリチリと苛立ちが募る。どの口で「そんなことない」なんて言えようか。 「俺が急に触ったら、兄貴はどう?」 「困る」  そうだろうなと納得する。だが、触ってみないと、こちらも分からないのだ。自分の気持ちが本当に自分のものなのか、それとも『マナ』のものなのか――。 「あっち行けよ。それに服も早く着ろ。じゃないと、俺はまたおまえで抜くぞっ」  強がる柚一をふと可愛いと思った。「どうやって?」と訊くと、柚一は「それは……」としどろもどろになった。 「おまえの寝込み……襲うかも、しれないし」 「それで?」 「服脱がせて、チンコも……触るかも」 「それじゃ俺がいい思いをするだけだな」  冷蔵庫からペットボトルの水を出し、グイッと一口飲む。熱のこもった喉に、冷えた水が気持ちいい。  柚一は顔を真っ赤にさせ、「やめろよ」と強く言った。 「おまえの考えてることくらいわかってんだよ。この前俺のオナニー見て手伝って、意外と大丈夫だって思ったんだろ?」  図星だったので何も言えなかった。
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