355人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
「うわっ。いたなら声かけろよ。びっくりするだろ」
柚一の顔が赤い気がする。なんでだろうと考えて、自分がシャツを着ていなかったことを思い出した。
柚一は文句を投げたあと、すぐに前を向いた。水道からグラスに注いだ水を一気に飲み、口を手の甲で拭っている。
耳を赤くさせたまま、こちらを見ようとしない男に、真翔は少しだけちょっかいを出してみたくなった。
柚一の背後に近づく。耳の後ろを指でさわっと人差し指の背で撫でると、柚一は「ひゃあっ」と肩を弾ませた。
耳を指で摘まみ、「なっ、なにすんだよ!」と柚一が困惑を怒りに乗せて訴えてくる。そんな男を見ていると、真翔もふっと笑みがこぼれてしまった。
「や、やめろよ……こういうことするの」
トーンの下がった柚一の声が、濡れているような気がする。自分に触られて、恥ずかしがっているのだろうか。
「こういうことって?」
「急に触んなってことだよ。俺のこと、気持ち悪いんだろ……おまえ」
「そんなことは――」
そういえば前に、柚一に『気持ち悪い』と言ったことがある。真翔が記憶を失くしたことを、互いに認めていなかった頃の話だ。
自分と柚一の仲睦まじく二人で写った写真を見て、吐きそうになったのは事実だ。たしかに自分は柚一に、この口で『気持ち悪い』と言った。
だけど今はどうだろうか。頭では気持ち悪いと思う自分がまだいる。でもこの手は、平気で柚一に触れてしまうのだ。
はっきりしない自分にチリチリと苛立ちが募る。どの口で「そんなことない」なんて言えようか。
「俺が急に触ったら、兄貴はどう?」
「困る」
そうだろうなと納得する。だが、触ってみないと、こちらも分からないのだ。自分の気持ちが本当に自分のものなのか、それとも『マナ』のものなのか――。
「あっち行けよ。それに服も早く着ろ。じゃないと、俺はまたおまえで抜くぞっ」
強がる柚一をふと可愛いと思った。「どうやって?」と訊くと、柚一は「それは……」としどろもどろになった。
「おまえの寝込み……襲うかも、しれないし」
「それで?」
「服脱がせて、チンコも……触るかも」
「それじゃ俺がいい思いをするだけだな」
冷蔵庫からペットボトルの水を出し、グイッと一口飲む。熱のこもった喉に、冷えた水が気持ちいい。
柚一は顔を真っ赤にさせ、「やめろよ」と強く言った。
「おまえの考えてることくらいわかってんだよ。この前俺のオナニー見て手伝って、意外と大丈夫だって思ったんだろ?」
図星だったので何も言えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!