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『真翔が事故に遭った』
一瞬、父親が何を言っているのか解らなかった。
反応を返せないでいると、父が『柚一、大丈夫か』と促してくる。
「え……ごめん、どういうこと?」
声量を抑えるのも忘れ、柚一は震える声で訊いた。父は『私らも今さっき聞いた話だが……』と続けた。
父が警察から聞いた話によると、事故は真翔の勤務中に起きたとのことだった。ハンドル操作を誤ったことによる自損事故。真翔の運転するトラックは、頭から電信柱に突っ込んだというのだ。
父の説明を聞き、柚一は頭が真っ白になった。あまりの衝撃に言葉が出ない。真翔の状況を知りたいのに、知るのが怖かった。
「それで……ま、真翔は……」
ようやく声にすると、真翔に目立った外傷はなかったことを、父は教えてくれた。不幸中の幸いで、トラックは電信柱に突っ込んだものの、真翔の座る運転席はほぼ無傷だったそうだ。
ホッとしたのも束の間、父は『しかしな……』と再び嫌な濁し方をする。
『真翔の意識が、まだ戻っていないんだ』
ヒュッと喉の奥が縮こまる。医師が言うには、真翔は頭を強く打った可能性があるとのことだった。父と母は今の今まで、医師から脳の精密検査を受けさせるよう、勧められていたそうだ。現在、真翔は集中治療室で眠っていると、父は言った。
柚一が新任の頃、同じ地区内の小学校で、体育の授業中に鉄棒から落ちた男子児童が、帰宅後に意識不明となって病院に運ばれた話を聞いたことがある。その児童は一命を取りとめたが、噂によると事故以降、常に手が震えるようになったという。
現在その男子児童が後遺症に対してどんな思いを抱き、どうやって生活しているのか知らない。が、後遺症で済めばまだいい。もし真翔が、永遠に目覚めなかったとしたら……。
最悪の事態が頭を駆け巡り、柚一は気分の悪さに吐き気がした。あんなに元気だった真翔がどうして。いや、真翔はここ最近疲れていた。どうして自分は、休んだ方がいいともっと強く言わなかったんだろう。なんで真翔が……。
『どうして』と『なんで』が、しゃぼん玉のように沸いては弾けていく。
心配でたまらなかった。今すぐ駆けつけたい。マナ、といつものように名前を呼んで、早く起きろと言ってやりたい。
だがここで早退し、病院に駆けつけたところで自分に一体何が出来るというのだろう。
自分の無力さが情けなくて、柚一は下唇をきつく噛んだ。
「わ、わかった……仕事が終わったら、すぐそっちに向かうから」
病院の名前と場所を教えてもらい、柚一は父との電話を切った。受話器を親機に戻した手は、いつまでも震えていた。
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