好きをわすれないで

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***  イルカショーのあと、真翔と柚一は館内へと戻った。買う気もないのに、鑑賞の延長よろしく土産コーナーを一周する。  館内の暖房と人の熱気で、濡れた髪や服が乾いてから、エレベーターで屋上の水族館から一階まで降りた。  水族館のあとどうするかは考えていなかった。いや、どこかご飯が食べられる店にでも……と漠然とは考えていた。でも嬉しさと緊張で胸がいっぱいだ。何かを口にしたいという気が起こらなかった。  一応、隣に並んで歩く男に「腹減ってる?」と訊いてみたが、柚一はビル一階のクレープ屋やファストフード店が並ぶ一帯を素通りして「普通」と答えただけだった。  おそらく腹は減っていないのだろう。まだ夕方だから無理もない。冬なので日が落ちるのは早いが、まだ夕食には早い時間だ。  商業ビルを出た柚一の足が、駅へと一直線に向かう。それを止める方法が、真翔にはわからなかった。  人の流れが多い大通りは、規則的に立ち並んだ外灯の上部にクリスマス仕様のイルミネーションが施されていた。輪になった(ひいらぎ)の中心に、小さな金色の鐘と赤いリボンのついたリース。それを見ていると、先ほどショーで耳にしたクリスマスソングがどこからか聞こえてくるような気がした。  外灯に照らされたリースは、光を跳ね返してきらきらしている。まぶしいけれど、綺麗だと思った。  柚一はこういうのにも、興味がないんだろう。むしろ苦手なのだ。でも自分だって、一人でいたらイルミネーションを感慨深げに見上げるようなタイプじゃない。  ふと真翔の頭にある考えが浮かぶ。記憶を失くす前の自分も、そうだったんじゃないかと。  好きな人がいたから、いろんな所にでかけたいと思った。クリスマスにプレゼントをあげたいと思った。クリスマスなどのイベントの日を一緒に過ごしたい、と。  それもこれも、ただの口実だった。今なら自分のことがはっきりとわかる。  記憶を失くす前の自分が嫌いだった。マナ、と甘い声で柚一に名前を呼ばれていた男が、憎くて憎くてしょうがなかった。それこそ柚一の頭から過去の自分が消えればいいとさえ思うほど、嫉妬した。  でも今は、『マナ』のことがよくわかる。きっと柚一より、自分の方が『マナ』のことをよくわかっているんじゃないだろうか。  同じ人間だからじゃない。自分も『マナ』も、好きな人が柚一だったから――。  真翔はイルミネーションを見上げながら、「あのさ」と隣の男を呼んだ。 「ん?」  柚一がこちらに顔を向ける。  外灯の上で光る指差しながら、真翔は「あれ、綺麗だな」と笑って見せた。 「なんだよ突然」  柚一ははにかんだ。こちらに釣られて笑ったという感じだ。少し困ったように歪む口端が、真翔の目に映る。 「柚一もそう思わないか?」  名前で呼ぶのは久しぶりだ。気づいただろうか。いや気づくよな、普通は。あんなに名前で呼ぶなと自分に釘を刺していたんだから。 「な、なんっ……」  柚一は『なんで』というように笑顔を取り下げ、口ごもる。だけど戸惑った顔も可愛いとしか思えなかった。 「渡したいものがあるから、俺はまだ柚一と一緒にいたいと思ってる」 「……」 「もし嫌だったら、俺に同意しないでほしい」 「同意って?」 「あれ」  真翔は柚一から再び外灯のイルミネーションに視線を上げた。柚一も顎を上げて外灯の先を見上げる。 「同情でいい。俺とまだ一緒にいてくれるなら、同意してくれないか」  緊張した。遠回しすぎただろうかと不安になった。  沈黙が恐ろしいほど長く感じる。答えをもらえずに帰られてしまったらどうしよう。図体だけがでかくて、本当の自分は小心者だ。それも柚一に対してだけの、小さい男なのだ。胃がキリキリと痛い。  しばらくしてから、柚一は口を開いた。
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