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「今日は付き合ってくれてありがとう」
自分の吐く息が、思いのほか白かった。
柚一が振り返る。寒いのか口元が小刻みに震えている。
「なんだよ、急に改まって」
呼び止めた理由は、一つしかない。柚一に告白したかったのだ。
叶わないかもしれない。でも実際に柚一はここまで付き合ってくれた。少しは脈があると信じたかった。
「本当はもっとあとで言おうと思ってたんだけど、俺は柚一のことが――」
「それより渡したいものってなに?」
話を遮られる。真翔はそうだった、と思い出した。渡したいとさっき自分から言ったくせに、まだ渡していなかったものがある。
「ちょ、ちょっと待って。今渡す」
ボディバッグに手を突っ込み、中をゴソゴソと漁る。話を遮られたことに頭の後ろが息を吹きかけられたようにひやりとしたが、気にしている余裕はなかった。
胸に張り付いたバッグの中から、厚さ二センチほどの箱を取り出す。赤の包装紙に、ゴールドのリボンに彩られた縦長の箱だ。
慌てたせいか、真翔は手元をすべらせてしまった。バッグから外に取り出すつもりが、投げるように落としてしまう。軽い音が真翔と柚一の間で弾む。
「ご、ごめんっ」
顔を横に向けた柚一が、ブッと吹き出して笑った。
急いで膝を折り、箱を手に取る。特別汚れてはいなかったが、表面についた汚れを払うように手の甲で優しく撫でる。
「渡したいものって、それ?」
いつの間にか柚一も同じ目線になっていた。しゃがんだ状態で、こちらの手元をじっと見てきた。
「そんなに高価なものじゃないんだけど」
「ネクタイ? ハンカチ? あ、金封とか?」
「……ハンカチ、っす」
「はは、なんで急に敬語」
柚一は「ん」と両手を真翔へと向けた。
「渡したいものがあるって言われてすげぇ緊張してたけど、ハンカチかぁ」
「……溜めたくせに大したことなかったよな」
真翔は柚一の両手にプレゼントの箱を乗せた。柚一は「そんなことねぇよ」と柔らかい声で言い、リボンを解いた。シュルシュルとリボンの解かれる音が、真翔の緊張を高めていく。
「なあ、柚一」
「んぁ?」柚一は赤色の包装紙を剝がすのに苦戦しているようだ。
紙の切れ端が、地面にはらはらと落ちる。人や自身の心の揺れには器用に察することができるのに、手つきは不器用な男だ。そんな男を好きだと思う気持ちは、どうしてこんなにも止まないのだろう。しぼむことがないんだろう。
記憶を失くす前の自分は柚一が好きだった。記憶を失くしたあとの自分も、柚一を好きになった。もうどうしようもないんだろうな。真翔は諦めに似た気持ちとともに、ゴクッと唾を呑んだ。
柚一がやっと包装紙を剝がし終えた時、真翔は自然と口を衝いていた。
「俺とまた付き合ってくれませんか」
ピタリと柚一の手が止まった。
「俺は柚一が好きだ。知ってると思うけど」
「ちょ、ちょっと……」
「知らないわけないよな」
これまで飄々としていた柚一の顔が、夜の暗にも分かるほど赤くなった。
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