朝のバス停で

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朝のバス停で

 あれから約四ヶ月、俺は可能な限りあのバス停の前を通って学校へ行くようにしていた。  今日もいつものバス停で、バスを待つ彼に事ができた。 と言っても彼に声をかけたりはしない。  完全なる一方通行だ。そうだ。このまま終わらせるつもりはない。だけどとある理由から声をかける事ができないでいた。  短い間だけど観察し続け彼が大学生である事が分かった。だから毎日決まった時間にこのバスを利用するわけじゃないから会えない日も多いけど、この時間に彼に会える確率は比較的高かった。朝早くから大学行って勉強してるなんてなんて真面目で偉いんだ。  今日の彼は眠そうに欠伸をしながらバス停でバスを待っていた。まぁ今日のというか彼を見かける時はいつもそうなのだが、ぽやぽやした顔がとても可愛い。  彼にひと目でも会えるか会えないかでその日の俺の気分は変わる。  会えた日はふわふわとまるで雲の上を歩いているような気分だった。  会えない日は地を這うような……そんなどうしようもない気分だった。  俺はあの日から彼に、恋をしている。  理由は何だろうな……、自分でもはっきりとは分からないが強いて言うなら『無欲』なところだろうか。  あのバレンタインの日の出来事もそうだが、彼は見返りを求めない。  バス停で見かけるほんの短い時間でも分かる。  お年寄りや身体が不自由な人、妊婦さんや小さな子どもに順番を譲ったり困っている人の手助けをしているのを何度も見かけた事がある。あの日俺にチョコをくれたみたいに彼は自然と誰もができそうでできない事をやってのける。  もっと色々な人から感謝されてしかるべきなのだが彼の見た目がそうさせないようだった。『モブ男』のイメージが彼の行いを全て『些細な事』にしてしまっていた。  『モブ男』それはどこにでもいる平凡な男。いてもいなくても関係ない存在。  俺はそうは思わない。  彼はすごく可愛い。やる事なす事可愛くてしょうがない。そんな彼がモブだなんてありえない。  服装にしても以前バス停で彼の友人と話しているところを見かけた時、彼が好んで着ている花柄のシャツはとても可愛くて彼によく似合ってると思うのに、彼の友人に言わせると『ダサい』のだそうだ。  まったく見る目のないやつばかりだと思うが、同時にライバルが少なくていいとも思う。  ――が、やっぱり彼が軽んじられるのは悔しい。  ほら、ちょうどあんな風に。  俺の視線の先にはいつもの生意気な男子中学生の姿があった。  まったく悪びれる事なく今日も順番を抜かしていく。彼はその事に気づいているはずなのに何も言わない。だから舐められてしまうのかこんな事はしょっちゅうだった。  彼のそんなのんびりしたところも好きだけど、彼が損をさせられるのはイラっとする。  せめてもと俺が代わりにそいつの事を睨んでいると、全く関係ない女子高生たちがこちらを見てキャーキャー騒がしくなる。  そうこれがなかなか彼に声をかける事ができない理由だ。  俺のせいで彼に迷惑をかけたくないのだ。  今の『見知らぬ関係』では守る事もできやしない。  そんな訳で睨み続ける事もできなくて、俺は足早にその場を逃げるように離れ、学校へと向かった。  いつか彼がみんなに認められ、報われる事がありますように。  そんな事を祈りながら。
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