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②
それからオレはバス停でオレを痴漢から助けてくれた人の事を探すようになった。
オレを助けてくれた人の声はとても平凡で何の特徴もないものだ。
それでも聞けば分かると思っていた。
オレを助けてくれたヒーローの声だから。
だけど、大抵の人は黙ってバスを待っている。だから声を確認する事なんかできなくて、何であの時顔を上げてあの人の顔を見なかったのか、お礼を言わなかったのかが今更ながら悔やまれた。
あまりにも見つからなくて、見つからな過ぎてある考えが頭を過ぎった。
自分はあの人の事は分からないがあの人の方はオレの事は分かってるはずだ。
いつも順番を抜かしている小生意気な態度の男子中学生。
ここに並んでいる人なら誰だってそういう認識だろう。
こんなに探してるのに向うからオレに声をかける気配すらない。
オレの事が嫌いでもう関わり合いになりたくないのかも――と俯き、探すのを諦めてしまいそうになった時、あの声を聞いたんだ。
やっと見つけた! そう思い声のする方を見ると、そこにいたのはあのモブ男だった。
いつも通りの平凡な顔で、いつも通りのダサい花柄のシャツを着て、友人と思しき男と楽し気に話をしていた。
いつもオレが順番を抜かしても文句も言わない情けない男。
だけど、身体の弱い人を優先させたり助けたりしていた優しい男。
こいつが――あの人……。
今までモノクロに見えていたモブ男の事が色鮮やかなモブ男に見えた。
どっちにしろモブ男なんだけど。
ドキドキと心臓が煩く騒ぐのはあの人を見つけられた喜びからくるものだけではなかった。
オレはモブ男が何も言わない事をいい事に蔑ろにし続けてきたのだ。
最初は気づかずに順番を抜かしただけだった。
そしてモブ男と目が合い、自分がやってしまった事に気づいたんだ。
そこで素直に謝れば良かったんだけどそうはしなかった。
謝って舐められてしまわないように虚勢を張ったんだ。
今思えば自分でもおかしいと思う。そんな事をしても何の意味もなかったのに。なのにその時のオレにはそんな簡単な事が分からなかったんだ。
男として見られる努力をしていたはずなのに自分の幼い間違った考えで、ただの生意気な中学生になっていた。
それに気づいた時はもう遅くて態度を改める事なんかできなかった。
モブ男があの人だと分かり嫌われているかもしれないという不安が、嫌われているに違いないという確信に変わった。
それでもあの時のお礼を言わなくちゃ、それから今までのお詫びを言ってそれからそれから――――と、色んな想いがぐちゃぐちゃになってどうしていいのか分からなくなる。
気が付けばオレはいつものように順番を抜かして、いつものようにモブ男に向ってバカにする言葉を投げつけていた。
なんでこうオレは――――。
こうしてモブ男にお礼も言えないままただ日にちだけが過ぎていった。
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