応為

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 『応為』が我が家に来て3ヶ月後、した作品をあの美術商に引き渡した。特に褒められたとかは無かったが別に何のクレームもなかったから、合格とみなされたのだろう。少しは溜飲を下げたと言える。  もう二度と馬鹿にすんじゃねぇぞ、この野郎めが。  ……ま、親父の指導と仕上げがかなり入ったんではあるけどな。まったく、だったら最初から自分で描けってぇの。  私は再び大学のカンバスに向き合った。  そして、これまで家で描いてきたあらゆる『名画』を簡略化(デフォルメ)して書き殴り始めた。マチス、モネ、ドガ、ルノアール、ラファエロ……。上書きに次ぐ上書き。  そしてその上から、全体を墨で塗りつぶしてやった。傍目には只の真っ黒な凸凹にしか見えないが、それこそが作者(わたし)。 あらゆる『色』を重ねた結果、実体のない『ドス黒い影』と化した醜くも哀れな画家の姿だ。  それから最後にその中心に小さな白い『穴』を描き、そこから細い指を覗かせた。墨によって塗りつぶされた『闇』から出ようと藻掻くかの如くに。 「これで完成です。卒業制作としての合否判定は、そっちにお任せしますんで。不合格なら、そのまま退学でいいっす」  それだけ言い残して、4年近く通ったキャンパスを後にした。もうあそこに私の用事は残っていない。  応為はその画業の最後に近い作品で、夜の遊郭を描いた一点の『オリジナル』を残している。  夜の遊郭……綺麗事だけでは済まないこの世の『闇』。彼女は遊女を描くために、度々遊郭に足を運んでいたらしい。  ぼんやりと照らされる格子の向こうに座る遊女を、浅ましく見定める男たち。その姿を、絵は高い視点から冷ややかに捉えている。まるで夜空に浮かぶ月が見つめているかのように。  多分、そこに応為の心の有り様が投影されていたのだろう。だから自分の落款を入れたのだ。  北斎という偉大な太陽に呼応する、夜空にひっそりと浮かぶ月。  それこそが応為が至った境地(スタンス)であったか。  北斎がこの世を去ってから、応為は目立った活動をしていない。寝食を忘れるほどに好きだった絵から、手を引いているのだ。或いは応為という月にも北斎という光の根源が必要だったのかも知れない。  私はこの先どうしたいのだろうか。ほぼ間違いなく自分より先に他界するであろう親父が亡き後、自分がどう生きていくつもりなのか。贋作を続けるのか否か、それすら今はわからない。  だが、きっと『それ』こそが私なのだろう。今も、これからも。  偏屈で、高い壁で、師匠であり、異性であり、戦友であり、ライバルでもある親父の背中を見つめながら『自分がどうあるべきか』を、ひたすらに考え続ける……それが『私』の進む道なのだ。  もしかしたらそれを考えさせるために、親父は私に応為を預けたのだろうか。  もしもそうなら、私はその問いに応為(こた)えられただろうか。それは親父にしか分かるまいが。    そして私は今日も筆を握るのだ。  明日の私を、描くために。 完
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