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「おはよ」 私は、彼の頭に顔を寄せる。 「ん」 彼は私の頭を撫でてくれて、そのまま毎朝恒例のキスをする。 それだけで、幸せになれる。 「起きようか」 彼に促され、そのまま歯磨きへ。色違いのコップと歯ブラシが、いとおしい。 私は、キッチンへ行き朝食の準備。 フランスパンに、たっぷりのバターとガーリックパウダーと塩を少々。 そのままトースターへ。フライパンの中は、目玉焼きがいい感じ。 ガーリックトーストと、目玉焼きの朝ごはんの完成。 彼がコーヒーを入れてくれる。 「はい、むっちゃん専用、ミルクたっぷり入ってるよ」 「ありがとう、こっちもそろそろ焼けるよ」 2人で、いただきます。こんな生活がいつまで続くのだろうか。 いつまでも続いて欲しい。そう毎朝同じことを思うのだ。 身支度を済ませ、2回目のキス。少し、ガーリックの臭いがする。 「歯磨きしたのにね」 2人で笑いあう。そして、いってきます。彼の様子がおかしくなったのは、その日帰って来た後のお話。 ***** テレビのニュースから、嫌な単語ばかり聞こえてくる。 彼は、耳を塞ぐ。私まで塞いでしまったら地の底まで行ってしまうだろう。私が、どうにかしなきゃ。しかし、聞こえてくるのはまた嫌なニュース。 「リストラされた」 「え?」 突然、この世界にやってきた単語のせい。 彼はそう言った。働かなくなった。正しく言えば働かせてもらえなくなった。そのまま、部屋から出て来なくなった。 私は、パートに出るようになった。私が塞がったらいけない。それこそもう、地の底だ。私が、どうにかしなきゃ。 いつの間にか、私たちは一緒のベッドにいなくなった。 もちろん、毎朝の定番は無くなった。 2人で行こうとしてた遊園地も、見ようとしてた桜も封鎖された。 2人揃って大好きなバンドも活動休止した。 救いだと思っていたのが消えた。 この感情は、どこにぶつけたらいいのか分からない。 誰が悪いってわけじゃない。得体のしれない物体。 ここは静まり返ってるのに、外では無情にも無邪気な声と、テニスボールの音だけ響いている。 ***** 何ヵ月ぶりだろう。職場と家、スーパーの行き帰り生活に疲れて、部屋にいる彼を残して出掛けた。 少しなら、大丈夫だろう。心がウキウキした。 相変わらず、閉まってる店舗がたくさんだし 歩いてる人なんて、いないに等しい。ただ外に出たというだけで嬉しく思えた。 なんだ、悲しく思うことなんてなかった。身近に幸せはある。 その夜、ラジオをつけた。聞こえてきたのは、かつて2人が好きだったバンドの曲だった。 耳に入ってくる歌詞。それは全部、今の時代に刺さるかのようだった。こんな素敵な曲が、あった。なんてことだ、忘れていた。毎朝、幸せだったじゃないか。 夜中、無我夢中で彼の扉を叩いた。 教えてあげたい! 大好きな人 大好きな言葉 大好きな空気 それだけで、私はホッと出来るよ。 幸福だよ。それだけで幸福だよ! これから、あなたとまた、始めたい。 ***** その日、久しぶりに一緒のベッドへ彼が入れてくれた。腕を広げてくれる。 「おいで、むっちゃん、今までごめん」 頭を撫でてくれる。私は、頭を横に振った。 私たちは、いつかしてたように抱き合って眠りについた。 ***** 「おはよ」 「ん」 幸せが戻ってきた。幸せって思えるだけで幸せだと感じる。 今日の朝ごはんは、ガーリックトーストと目玉焼き。 「いってらっしゃい」 久々に彼を送り出す。今日はハローワークの日。定番のキスをする。 ガーリックの臭い…? 「あれ、気にならないね」 「マスク越しだからね」 2人で笑いあう。これから、どんな風に進むのか分からない。 でも、大丈夫。身近な幸せを見つけたから。
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