0人が本棚に入れています
本棚に追加
「おはよ」
私は、彼の頭に顔を寄せる。
「ん」
彼は私の頭を撫でてくれて、そのまま毎朝恒例のキスをする。
それだけで、幸せになれる。
「起きようか」
彼に促され、そのまま歯磨きへ。色違いのコップと歯ブラシが、いとおしい。
私は、キッチンへ行き朝食の準備。
フランスパンに、たっぷりのバターとガーリックパウダーと塩を少々。
そのままトースターへ。フライパンの中は、目玉焼きがいい感じ。
ガーリックトーストと、目玉焼きの朝ごはんの完成。
彼がコーヒーを入れてくれる。
「はい、むっちゃん専用、ミルクたっぷり入ってるよ」
「ありがとう、こっちもそろそろ焼けるよ」
2人で、いただきます。こんな生活がいつまで続くのだろうか。
いつまでも続いて欲しい。そう毎朝同じことを思うのだ。
身支度を済ませ、2回目のキス。少し、ガーリックの臭いがする。
「歯磨きしたのにね」
2人で笑いあう。そして、いってきます。彼の様子がおかしくなったのは、その日帰って来た後のお話。
*****
テレビのニュースから、嫌な単語ばかり聞こえてくる。
彼は、耳を塞ぐ。私まで塞いでしまったら地の底まで行ってしまうだろう。私が、どうにかしなきゃ。しかし、聞こえてくるのはまた嫌なニュース。
「リストラされた」
「え?」
突然、この世界にやってきた単語のせい。
彼はそう言った。働かなくなった。正しく言えば働かせてもらえなくなった。そのまま、部屋から出て来なくなった。
私は、パートに出るようになった。私が塞がったらいけない。それこそもう、地の底だ。私が、どうにかしなきゃ。
いつの間にか、私たちは一緒のベッドにいなくなった。
もちろん、毎朝の定番は無くなった。
2人で行こうとしてた遊園地も、見ようとしてた桜も封鎖された。
2人揃って大好きなバンドも活動休止した。
救いだと思っていたのが消えた。
この感情は、どこにぶつけたらいいのか分からない。
誰が悪いってわけじゃない。得体のしれない物体。
ここは静まり返ってるのに、外では無情にも無邪気な声と、テニスボールの音だけ響いている。
*****
何ヵ月ぶりだろう。職場と家、スーパーの行き帰り生活に疲れて、部屋にいる彼を残して出掛けた。
少しなら、大丈夫だろう。心がウキウキした。
相変わらず、閉まってる店舗がたくさんだし
歩いてる人なんて、いないに等しい。ただ外に出たというだけで嬉しく思えた。
なんだ、悲しく思うことなんてなかった。身近に幸せはある。
その夜、ラジオをつけた。聞こえてきたのは、かつて2人が好きだったバンドの曲だった。
耳に入ってくる歌詞。それは全部、今の時代に刺さるかのようだった。こんな素敵な曲が、あった。なんてことだ、忘れていた。毎朝、幸せだったじゃないか。
夜中、無我夢中で彼の扉を叩いた。
教えてあげたい!
大好きな人
大好きな言葉
大好きな空気
それだけで、私はホッと出来るよ。
幸福だよ。それだけで幸福だよ!
これから、あなたとまた、始めたい。
*****
その日、久しぶりに一緒のベッドへ彼が入れてくれた。腕を広げてくれる。
「おいで、むっちゃん、今までごめん」
頭を撫でてくれる。私は、頭を横に振った。
私たちは、いつかしてたように抱き合って眠りについた。
*****
「おはよ」
「ん」
幸せが戻ってきた。幸せって思えるだけで幸せだと感じる。
今日の朝ごはんは、ガーリックトーストと目玉焼き。
「いってらっしゃい」
久々に彼を送り出す。今日はハローワークの日。定番のキスをする。
ガーリックの臭い…?
「あれ、気にならないね」
「マスク越しだからね」
2人で笑いあう。これから、どんな風に進むのか分からない。
でも、大丈夫。身近な幸せを見つけたから。
最初のコメントを投稿しよう!