潜 ①

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 友一郎はうつむいたまま、ボソッと「妙な感じだ」と言った。初めての人魚の手のひらへの感想なのか、人魚と友達になることへの感想なのか、わからない。  ともあれ、少なくとも友一郎は「友達が一人もいない男」ではなくなって、「友達が一人はいる男」になった。潜は満足感をおぼえて、友一郎の手をはなした。友一郎の手はしばらくの間、そのままの位置にとどまっていた。  この日はそれで別れた。不承不承といった感じだった友一郎だが、彼は毎日、朝早くに砂浜を掃除して、昼には舟を漕いでいて、潜が手をふれば手を上げてこたえてくれるし、船の横を泳ぎながら話しかけても鬱陶しがらずに耳を傾けてくれるのだった。  嫌われてはいない。好かれてもいないかもしれないけれど。だが、港の漁師達とちがって友一郎は気さくではないけれど、いつも潜のために場所を少し空けていてくれる。そんな感じだった。  潜は毎日湾内を散策してすごした。今年はいつもよりちょっと遠出してこの湾まで来てみたが、来てよかったなと彼は思った。
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