友一郎 ⑪

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友一郎 ⑪

 コンビニでわざわざ買った線香に、火を点ける。ライターなんか滅多に使わないせいで、線香と一緒に親指の爪まであぶりそうになる。香炉には灰と短くなった線香が沢山入っていた。友一郎(ゆういちろう)は右手を振ってやけどを冷ましつつ立ちあがった。  手入れがゆきとどいた墓には、水をかけるくらいのことさえ、差し出がましいようで気後れしてしまう。花立てにはまだ新しい花がみっしりと活けてあった。持ってきた花を飾る場所がなくて、友一郎がまごついているところへ、ちょうど見知らぬ老夫人が通りがかった。 「お花をあげる場所がないの? ならあっちのお地蔵さんにあげるといいわ」  友一郎は老夫人に会釈した。帰りがけに、教えてもらったとおり、霊園の入り口に並ぶ六地蔵に花を供えた。ほっと安堵のため息をつく。墓参りの間、知り合いに会わなくて済んだ。蝉時雨(せみしぐれ)のふりそそぐ坂道をとぼとぼと降りて、港へとむかう。    フェリー乗り場は混雑していた。海水浴の季節、家族連れ客でにぎわうはずのところ、男ばかりのグループが異様に多いのが目についた。たむろし大声で騒ぎ笑う男たちの横で、小さな子どもを連れた親が萎縮している。場をわきまえない男たちに友一郎は眉をひそめたが、家族連れにとっては自分のような、ひとり手ぶらで船を待ついい歳の男も、充分に不審だろうと思い直した。  ツンツンと二の腕のうしろをつつかれて、友一郎はふり返った。とたんに、 「久しぶりじゃーん」  中年くらいに見える丸々とした体格の女性に、馴れ馴れしく腕をとられた。 「な……あぁ」  一瞬誰だかわからなかったが、高校時代の同級生だ。誰だかわかったものの、名前を呼ぶのははばかられた。というのも、彼女の隣には、友一郎よりもすこし歳上に見える男性が、彼女によく似た幼い子供を抱いて立っていたからだ。二人の間にはもう一人、小学生くらいの女の子がはさまっていて、警戒心をむき出しにした目で友一郎をじっと見上げていた。 「これ、うちの長女。もう一年生なの。で、こっちが次女で、あとこれが元旦那」  思わずぎょっとしてしまった友一郎だったが、彼女の「元旦那」と紹介された男性は、気にしない様子でにこにこ微笑んでいた。  友一郎がかろうじて会釈をしたとき、船を待つ行列がやっと動き出した。 「さぁ、行こう行こう!」  何故か友人は元夫ではなく友一郎の腕に腕を絡めて言った。   「いいのか?」 「全然大丈夫。いつもはあたし一人で子供たちの面倒見てるんだから。こういう時くらいはちゃんとやってもらわなきゃ」  いや、そうじゃなくて。という言葉はのみこんだ。フェリーの客室で、左(げん)の窓辺に座った友一郎の隣に彼女は陣取った。彼女の夫と娘たちは、右舷側の座席で海を眺めている。
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