潜 ⑪

6/7
前へ
/140ページ
次へ
 (かづき)たちは秘密の入江に女の子を連れこんだ。こんなことに友一朗(ゆういちろう)との二人だけの場所を使いたくなかったが、近場で人間の目にふれなさそうな場所はここしかなかった。入江の出入り口を(あまね)のよこした護衛のものたちが固め、逃げ道はふさがれた。強行突破で逃げるのは危険が大きすぎた。逃亡に失敗すれば、潜は周にぶたれるだけで済んでも、女の子のほうは命がない。   男たちが女の子をいたぶることに飽きるまで、潜は狭い浜の端っこで砂山をつくり、トンネルを掘って待つことにした。『何も聞こえない』と念じながら潜は黙々と砂を掘っていたが、やがてポツポツと雨粒が落ちてきて、雷鳴がとどろき、雨は本降りになった。ざあざあと激しい雨音にほかの全ての音がかき消された。ほんの数歩先でさえも水のベールに包まれて見えない。全身の肌が叩きつけられ痛いほどだったが、潜は海の中に逃げることもせずに、雨に溶かされていく砂山の前にしゃがんでいた。   雨脚が弱まると、男たちはいつのまにか姿を消していて、浜には女の子が放置されていた。潜はおそるおそる彼女に近づいた。ぐったりと横たわって、両目を固くつぶっている。戦いのさなかに潜が手を強く引っぱったせいで肩が抜けてしまい、腕のつけ根の部分が(いびつ)にへこんでいる。細くて華奢な、長い手脚。女の子というよりはまだ子どもだ。こんなに幼い女の子を、じぶんのせいで酷いめにあわせてしまった。潜は泣き出したいのをこらえ、慎重に女の子を背負い、彼女が根城にしている海水浴場まで運んだ。彼女の群れの仲間たちはひとりも姿を見せなかった。ぐったりとしている彼女を、潜はそっと砂の上におろした。途端、彼女は跳ね起き、潜に向かって怪我をしていない方の腕をふるった。潜は飛び退き、尻もちをついた。呆然と見あげる潜を女の子は憎悪にゆがんだ顔で見下ろした。まん丸に見開かれた瞳孔は、闇夜のなかのわずかな光をあつめ、剣呑な輝きを放っていた。   潜は頬を手でおさえた。引っかかれたところが脈打つようにじんじんと痛んだ。女の子は潜の顔めがけてプップッと唾を吐き、そして潜の横っ面を蹴りとばすと、砂の上を転がった潜の背中を、全体重を乗せた(かかと)で踏みしだいた。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加