潜 ⑪

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「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」  (かづき)はうずくまり、女の子の容赦ない蹴りの連続に耐えた。 「あやまれば許してもらえると思ってんのか、クズ! お前のせいでうちはあんな目にあったんだっ。自分のほうが遠くから拐いにきた連中よりましだと思ったのかよっ。あれは遠くのクズ、お前は近所のクズ。どっちもおんなじクズなんだよ! そんなに申し訳ないと思ってんなら、うちを昨日までのうちに戻せよ、うちの未来を返せよっ!!」  女の子は金切り声で返せ返せと叫びつづけ、潜を蹴りつづけた。潜は泣きながらごめんなさいと謝罪をくりかえすしかなかった。  不意に目がくらんだ。 「おーい、誰かいるんですかー?」  騒ぎを聞きつけたのか、人間の気配が近づいてきた。まぶしい照明の光がふらふらとゆれて潜や女の子を照らし、足元の砂を照らした。女の子が蹴る足を止めたので、潜はほうほうの体で彼女の足のしたから這いだし、波打ち際まで匍匐(ほふく)前進でむかった。女の子がまるで獣の吠え声のような泣き声をあげたので、潜はうしろをふり返った。女の子は怪我をしたほうの腕をもう片方の手でおさえ、泣きながらよろよろと明かりの方へと歩いていった。  翌朝、潜は日光にじりじりと肌を(あぶ)られる熱さで目をさました。無防備にも、ひとりで沖にぷかぷかと浮かんだまま長い時間眠っていたのだ。潜はおどろいて飛び起きると、すっかり乾燥してしまった顔に水をかけ、よくこすってこびりついた垢をおとした。水が傷ついた頬にしみた。眠っている間にとても長い悪夢を見たが、その悪夢の一部は現実に起きたことだと、頬の痛みに気づかされた。  伊達(だて)くんによる朝の健康観察には顔をださないことにした。あの女の子に顔を合わせたくなかったし、友一朗は今朝は用事があって伊達くんの手伝いをしないと言っていたからだ。  友一朗には、彼の乗るフェリーを見に行くと約束したので、潜はフェリーの航路にむかって泳ぎだした。友一朗にはどういう顔をして会えばいいのかわからなかったが、せめてフェリーの乗客を曲芸でよろこばせて、昨日の騒動で落とした人魚の評判を少しでも取り戻せたらと、潜は考えた。
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