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友一郎 ⑫
「またね」と潜が言ったので、友一朗はいつもの場所で待ったが、潜は姿を現さなかった。廃漁港にはいくつもの小型船が繋留され、やたら人がいた。カヤックやボートで漕ぎだそうとしている人々や、水上バイクを操る人々、ドローンを飛ばす人々。この港は遊泳禁止で家族連れは来ないから、少し危険な遊びをするにはちょうどいいのかもしれない。だが、このうらさびれた場所に釣り人と人魚以外がいるのをこれまで見たことがなかったから、友一朗は少し違和感をおぼえた。
『夏休みだからか?』
午前中、フェリーに乗っていた乗客の多くが男ばかりのグループだったが、それらがそっくりそのままこの場所に来たようで、青空の下、波の音とともに男たちの野卑な馬鹿笑いが響き渡っている。
友一朗はこの島に生まれ、母親と二人で半島の町に住んでいた期間以外はこの島で育ったが、夏休みだからといってわざわざ騒々しい観光スポットに近づこうとしたことはなかったので、島の正常な夏休みの光景がわからない。友一朗の知っているのは今年のこれまでの夏の風景のみだ。あまり流行っているとはいえない観光地だと思っていたが、お盆休みにかかる本格的なバカンスシーズンは、いつもとは違うのかもしれない。
ボートや水上バイクがでたらめなスピードででたらめな軌道を描きつつ爆走している。その間を、友一朗のカヤックとは別のタイプのカヤック……シットオン・トップカヤックが危なっかしく進んでいる。こんな状況でじぶんも漕ぎ出すのは不安だし、もしかすると潜もボートや水上バイクに衝突するのをおそれて近づいてこれないのかもしれない。今日は諦めようと思い、荷物を背負い、カヤックを肩に担ぎあげたとき、サイレンが鳴った。友一朗はサイレンの音がする方向、島の中心部を見上げた。地震が起きたわけでもないのに、一体何ごとだろうか。津波でもくるのか? この近辺で地震が起きたわけでなくとも、過去にははるか遠く、大洋の向こう側で起きた地震のせいでこの地方を大津波が襲ったことがあるというので、警戒するにこしたことはないかもしれない。
『それなら今朝にはすでにニュースになっていそうなものだが』
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