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と友一朗は思ったが、今朝はフェリーの乗船時間に間に合わせることで頭がいっぱいになっていたので、ニュースなど見ていなかったことに気づいた。観光客は呆然と空を見上げるばかりで、なにが起きているのかなど、誰も知っていそうにない。なにかが起きているとしたら、不測の事態なのだろう。
廃漁港を出てしばらく歩くと海水浴場につづく道と合流する。海水浴場の方からは、水着姿の観光客が、口々に文句を言いながら歩いてきた。群衆の中に兵働一家もまざっていた。友一朗はカヤックを担いでいるので、邪魔にならないように道の端に寄って歩いていたが、兵働は友一朗に気づくと、子どもたちを元夫に押し付けていそいそと友一朗のもとに近づいてきた。
「なにそれ、すっごい。カヌー?」
「いや、カヤックだ」
「へぇ。ひとりで遊んでたの?」
「なにもしてないんだ。海に出る前にサイレンが鳴ったから。なにかあったのか?」
「サメが出たんだってー。危ないからって、午後はまるまる遊泳禁止。宿にチェックインして、水着に着替えて海に入って遊びはじめたら、これだよ。ボートが来てさ、拡声器で『すみやかに陸にあがりなさーい』だって」
「サメか……」
数日前に濘をカヤックに乗せてやったとき、シュモクザメが二匹泳いでいるのを濘は見つけた。あまり危険な生き物という印象はないが、シュモクザメもサメの一種だ。
「あたし、こんなところにもサメがいるなんて知らなかったよ。もっと南のほうの生き物かと思ってた」
「俺もだ」
「今年は海が温かいらしいじゃん。それでかな?」
「かもな」
「サメなんて見かけなかったけどね。海水がよく澄んでるし浅いから、いたら誰かしら見つけて騒ぎになると思うよ。でもなにも起きなかった。それなのに遊泳禁止だなんて。あ、そうだ。サメなんかよりも人魚のほうがヤバかったよ。あたしがっかりしちゃった。野生の人魚ってあんな風なんだね。ひとの浮き輪やビーチボールを盗ろうとしたり、海の家の前で物乞いしたり、それに……、ああもう。子どもたちの教育に悪いなって思っちゃった。あたしたちが子どもの頃に水族館で見たのとは、全然ちがうんだね」
「そうだな」
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