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しばらくぼんやりしていると、サアッと湿気った涼しい風が吹き込んできた。木々の枝葉の擦れる音とも波の音ともつかないざわめきが聴こえてくる。薄暗い室内がいっそう暗くなった。また雷が来るのだろう。たとえ海に出られたとしても、潜を探し当てる前に引き返すはめになったかもしれない。タマじろうはすっかり寛いで、友一朗の胸の上で寝返りを打ち、仰向けになった。友一朗はのびきっているタマじろうの顎先を指でなでてから、両腕を畳の上にのばし、目を閉じた。
ざわざわと木々がざわめく。墓石の前に備えられた花束が、風を受けて揺れる。ざわめきはやがて夕立の叩きつける音に変わる。たくさん降って、まるでバケツをひっくり返したよう。あるいは洞窟の出入り口のところから滔々と流れ落ちる瀑布の裏側を見ているようだ。
『いや、ちがう。ここは高校の昇降口だ』
ひとけのない昇降口で、友一朗はアスファルトを打つ滝のように激しい雨を見ていた。コンクリート製の校舎の中は湿度が高く、塩ビ製の床全体がいましがたモップをかけたかのようにびしょ濡れだった。
「ねぇ、友一朗」
聞き馴染んだ親友の声が、すぐ隣から話しかけてきた。
「どうするの、今日」
「どうするって、何を」
「雨がすごいから」
「帰りの船な。出ないと思う。大翔は親が迎えにきてくれるんだろ?」
「うん。それで……」
大翔の声が小さかったのか、雨が激しすぎたのか、その言葉の続きは聴こえず、友一朗は大翔がまだ話している途中だったということにも気づかなかった。大翔の指が友一朗の肘に触れたのと、友一朗が話しだしたのはほぼ同時だった。
「この近くに祖母さんの親類がいるから、船が欠航のときはそこで世話になることになってるんだ」
大翔の指先が友一朗の肘から前腕をなぞるように滑り、離れていった。
「そうか、ならよかったね。あ、母さんの車が来たみたいだ。じゃあ、お先に」
大翔の後ろ姿は雨の幕の向こうに消えて見えなくなった。雨音の中にも車のタイヤが水たまりを切り裂き飛沫をまき散らしていくのが聞こえる。
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