友一郎 ⑫

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 会合には本当に、出て来られる住民は全員出てきたようだった。主催者は町内会や漁協のメンバーだが、その他に、見たことのない顔ぶれがいる。人種は様々だが、服装は似たりよったりだ。Tシャツの上に揃いの黄色いジャケットを着、作業用のラフなハーフパンツ、そして素足にサンダルかスニーカーを履いている。 「あれは例のあの船から来た奴らだよ」  友一朗の隣に座っている伊達が、耳打ちをした。  室内の照明が消され、前方のスクリーンに映像が映しだされた。それは無人航空機で撮影されたもののようで、海面に大きな生き物が多数集まっている様子がとらえられていた。遠目にみれば、魚が撒き餌に群がっているようにも見えるが、映像がズームアップされるにつれ、それらが青灰色の体色をした人間のようなもの……人魚であるとわかる。大勢の人魚が一箇所に集まって乱闘している。スクリーン横のスピーカーは、飛沫(しぶき)のたつ音と獣のような咆哮(ほうこう)をがなり立てる。  映像が切り替わった。別のカメラで撮影されたもののようだ。さっきの映像よりも、カメラは人魚たちのより近くにせまっている。激しくもみ合う人魚の集団。人魚たちはオスのようだが、彼らの中心にいる一匹はどうやらメスのようだ。 「すごい、ハーディングだ……」  伊達がつぶやいた。  ハーディング。この争いは一匹のメスをめぐって起きた戦いであるらしい。オスたちは殴り合いながら、隙を見て逃げ出そうとするメスを捕まえては殴り、頭を抑えつけて水に沈めようとした。友一朗の近くで、誰か女性が悲鳴に似た声をあげた。オスたちの雄叫び、メスの泣き声、骨と骨のぶつかる生々しい音。観ているだけで気分が悪くなってくる。  映像はまた切り替わる。今度は船の上から撮ったものだろうか。 『ア゛ア゛ーア゛! グゥア゛ア゛ー!』  メス争いの中心に一匹のオス人魚が闖入してきた。 『やばいやばいやばい!』  音声に撮影者らしき人の声も入っている。ぐらりと画面が揺れる。人魚たちの闘争に、撮影者の乗った船が巻き添えを食らったようだ。  闖入者は群がるオス達を押しのけ、メス人魚の腕を捕まえて引っ張った。絹を裂くような悲鳴が鼓膜を突き刺してくる。画面が上下左右に激しく揺れ、人魚達の様子が画面に入ったり出たりを繰り返す。撮影者がわっと叫び、画面は急回転の後に甲板を映した。  そしてまた画面が切り換わる。先ほどとはまた別のカメラによる映像らしい。 『オ゛オ゛、オ゛……ギィアアアア!!』  画面中央で、闖入者が雄叫びをあげた。人の声というよりは大型の海獣の吠え声。腕にぐったりとしたメス人魚を抱え、血走った目を剥き、鋭い牙をギラギラと光らせ、短い髪を振り乱して叫ぶ。額やこめかみには太い血管が木の根のように隆起する。ほとんど元の顔貌がわからないほど、悪鬼のように歪められた顔だが、見間違うはずもない。潜だ。  潜がメスを抱えていない方の手を一振りした。派手な音を立てて水飛沫がとび、カメラのレンズを濡らした。潜がこちらを睨みつけながら何か叫んでいる。『見るな見るな見るな見るな』と友一郎には聴こえた。
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