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潜 ②
潜の日常に新しいルーティンワークが増えた。朝、島の砂浜で、獣医の伊達くんによる健康観察を受けること。
その間、友一郎は誰に頼まれたわけでもなくゴミ拾いの手を止め、少し離れたところに見張り番のように立っている。潜は砂の上に敷かれた防水シートに横たわって体温を計られている最中、友一郎に手を振ったが、友一郎はそれに気づくと狼狽えたように横を向いてしまった。
「ご協力ありがとう」
伊達くんはいつものように潜に礼を言うと、青魚の鱗のように光沢のある四角いバッグの中に潜の血液のサンプルをしまい、そして言った。
「ところで、潜くん。この間の血液検査の結果、君、やや脱水症の気があるみたいなんだけど、もしかして何か人間の食べものを食べていない?」
伊達くんは潜の正面に膝を揃えて座り、黒ぶち眼鏡の奥からまっすぐな視線を向けてくる。痛いほどの視線を潜は受け止めかね、目をそらした。すると今度は友一郎と目があった。友一郎はゆっくりとした足どりで、こちらに近づいてくる。潜は採血の痕を抑えているアルコール綿を指で押し込みながら、
「食べてないよ」
と言った。本当は、島の漁師達から焼き魚をもらって食べた。何も味付けをしていないから大丈夫だと、漁師のおじさん達は言ったのだ。
この頃は、潜がいつも同じ時間に顔を出すものだから、漁師のおじさん達はわざわざ潜のために魚を一尾か二尾、焼いておいてくれる。誰にも内緒だぞと釘を刺されているから、いくら相手が伊達くんでも、白状するわけにはいかない。
「どうした?」
友一郎は潜の横にしゃがみ、俯いている潜の顔を覗き込んだ。
「潜くんが軽い脱水症にかかっているんです」
潜が何か言う前に伊達くんが言った。
「脱水症?」
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