友一郎 ①

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「そういえば、俺の船……」  それはただのひとり言だったが、 「悪い、すぐ取ってくるよ」  人魚は立ちあがった。あんがい上背がある。人魚は友一郎に背を向け、不器用に歩き出した。素っ裸だがウェットスーツを着こんだように平坦な体つき。青黒くて長い腕と脚。手も大きいが、足はもっと大きかった。ペタペタと音をたてながら、人魚は波打ち際から海にむかって歩いていく。長い後ろ髪のゆれる青い背中に、鼻筋を彩るのと同じ色で、いく筋かの模様が背骨にそって尻までのびているのが見えた。  やがて人魚は泳ぎだし、波のあいだに姿を消した。そのはるか向こうに隣の島がある。それよりもっと手前、入り江の端くらいにオレンジ色の船体が小さく見えた。友一郎のシーカヤックだ。  あんなに沖へと流されてしまった舟を取ってきてもらうのは、人魚に申し訳ないと友一郎は思った。  カヤックを転覆させる原因となったのは人魚のいたずらだったにしろ、溺れたのは友一郎自身のミスだった。海が凪いでいたからといって、彼はライフジャケットを脱いでしまっていたのだし、少し前から大きな魚影のようなものが水面下をうろうろしていたことにも注意を向けなかった。突然、ばぁ! と人魚が海面に顔を出したとき、驚いた拍子に舟を転覆させパニックを起こしてしまったために、コックピットからの脱出に手間どってしまったのだ。  オレンジ色の船体がじょじょに浜辺に近づいてくる。さすが人魚。思ったよりもずっと早い帰還だ。
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