友一郎 ①

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 どうやら人魚は人懐っこい(たち)らしい。だが、友一郎はオープンな笑顔を人魚から向けられるたびに、居心地の悪さを感じた。人魚の笑顔は、友達になれるかどうか探っているときの笑顔だ。こんな笑顔を向けられるのはいつ以来だろう、と彼は考えた。もしかすると、高校に入学したての頃以来かもしれない。そうだ、大翔(ひろと)と初めて会ったとき、彼もいまの人魚と同じように友一郎に笑いかけたのだ。  あの頃は、ためらいながらも大翔の笑顔にほほ笑み返すことができた。だが今はなぜだか、どういう顔をしたらいいのかわからない。だから友一郎は、真っ直ぐ前を向いて舟を漕いだ。  カヤックを砂浜に上げ、ちょっと休憩しようと友一郎が砂に腰をおろしたとき、人魚はまだ帰らずに、波打ち際の湿った砂に腹這いになって友一郎を見上げていた。 「名前はなんていうの?」  よく聴こえなかったわけではなく、不意に聞かれてたせいで、友一郎はペットボトルの口を唇につけようとした格好のまま「え?」と聞き返した。 「なーまーえ」 「あ、ああ。友一郎だ」 「ゆういちろう。どういう字を書く?」
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