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記憶鮮明②
僕と君の間に風が吹く
温かくて優しい風が吹く
「ねぇ、覚えてる?」
突然目の前に現れた僕の問いに、君はキョトンとしているけど、僕は君を覚えている。
君が生まれるずっと前から。
僕には前世の記憶が不思議と残っている。
だから僕は君の居るこの時代を選んで生まれてきたんだ。
「僕のこと、覚えてませんか?」
もう1度具体的に聞いてみる。
「…どちら様ですか?」眉間にシワを寄せながら、彼女の表情は強張っている。
覚えていないのも無理はない。
僕と彼女が夫婦だったのは前世でのことなのだから。
僕は彼女をとても愛していた。彼女の方はどうだったのか聞いてみたことはないし、逝ったのは僕が先だったけど、最期まで添い遂げてもらえたんだから、きっと彼女も同じ気持ちでいてくれたのかな、なんて都合良く解釈している。
現世で彼女とどうにかなりたいとか、そんなことはどうでもいい。ただ彼女にもう1度会いたかったんだ。
目の前に居る彼女は、相変わらず優しい瞳をしている。
「あ、すみません。人違いでした」
説明しても仕方がない。彼女は覚えていないんだから。僕はそう言い聞かせながら、踵を返す。
一目だけでも会えた。それで満足だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
温かくて優しい風が吹いている
前方から歩いてくる人は
懐かしい誰かに似ている
「ねぇ、覚えてる?」
目の前で立ち止まった男性が言う。
「僕のこと、覚えてませんか?」
彼の表情は、全くの他人に問いかけるものではなく、ずっと昔から知っている人を懐かしむような表情をしている。
「…どちら様ですか?」
眉間にシワを寄せながら、私は表情で問いかける。
彼は少し悲しそうな表情をした。
ごめんなさい、あなた。
あなたが覚えててくれたなんて、死ぬほど嬉しい。実は私も覚えているのよ。
ただあまりにも、あなたが突然現れたからビックリして、覚えてないフリをしてしまったの。
あなたは相変わらず優しい瞳で笑うのね。
「あ、すみません人違いでした」
そう言うと、彼は私に背を向けた。
彼の表情はよく見えない。
今すぐにでも駆け寄って、私もあなたを覚えていると言いたい。現世でも、きっと2人なら楽しくやっていける。
でも、それでいいの?
私たちはお互いを覚えている限り、一緒に居なきゃいけないの?
それは違う。
現世では、離れて生きてみよう。
運命の人はお互いだけではない。
だけど、きっとまたあなたと出会う。
縁があれば、きっとまた
あなたと会えるー
<END>
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