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――最近、何か作業をしていると、脳裏でいくつもの場面が閃くのだ。
階下のリビングの割れた窓ガラス。床に散らばる料理。罵声。悲鳴。破裂音。鈍い音。扉を殴る音。
腐った水。手首の線。閉まらなくなったトイレのドア。ゴミ袋で埋まった玄関。
移し鏡で見えた頭に奔る白い流星群。小さな円形の穴。
いっそ石のように固まってしまえば、何も思い出す事はなかった。
けれど、現実は止まらない。思い出さないでいられる間は、そう長くは続けられなかった。
「くっ――」
泣こうとすると、顔の半分が痛んで、涙が引っ込む。だから、感情の流れは大瀑布となって外へ溢れるでもなく、くつくつと内側に溜まり続ける。
いっそ全部、終わりにしてしまおうか――。
そう思った時、俺は、テキストエディタの画面に、流麗な金の梯子が垂れるのを見た。
はじめは、ついにおかしくなったんだと思ったが、石になって心を閉ざしても消える事はなく、確かな現実だと、思った。
現実――。
壊してみたら、すっきりするだろうか?
逡巡の後、俺は、機関銃を撃って金の梯子を壊すようなイメージで、「ああああ」で感想の欄を埋めていった。キーボードの「A」に指を置いている間、ドドド、と機関銃がけたたましい唸り声をあげる。
そして、A4一枚の半分程度を「あ」だけで埋めた感想を、教授に送り、俺はラップトップを閉じた。
「すう、はぁぁぁぁぁぁ」
埃っぽい重たさが付き纏う、深いな深呼吸だった。
けれど、ここ一、二年で一番、爽快だった。
「はあっ――!!」
俺は、大袈裟に息を吸って、声を出す準備をした。
梯子は壊れたかもしれない。それでも、まだ歌を歌っている美しい姫の元へ行く方法はいくらでもある。壁に張り付いて昇ればいい、ロープをこしらえて昇ればいい、姫を呼んで降りてきてもうのもいい、手紙を書いた矢を放つなんてどうだろう?
こんなに思い付くなら、他にも何だってやりようがあると思った。
家に縛られる必要なんかない。何も出来なくたって、何が出来るか探す事くらいは始められる。石になりたくなったら、なればいい。もう一度動き出すために必要なら、いくらでも。
だから、案外――。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
咆哮は、怖くなかったのだ。
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