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一通りの杞憂を一掃したところで講義が終わる。あちこちから椅子を引く音が鳴って、不協和音が鼓膜を劈いている。いつもより心なしか空白の多いルーズリーフを写真にとって、グループラインにあげた。
“今日の講義だよ”と送りつければ、スマホに影がかかる。
「な、に……」
ぎょっとして顔をあげれば、無感情な瞳でこちらを見つめている東がいる。何が言いたいのだろう。
逃げ出したくなって意味もなく「ノート貸す?」と呟けば、「さんきゅ」と吐いた東がスマホを差し出してきた。
「え? 携帯?」
「俺にも送っといて」
たった今私が差し出している紙媒体を無視した男が差し出してきた携帯に倣うように携帯を取り出した。
「えっと、ラインで良い?」
「ああ」
「じゃあQRコード……」
呟く前に全てが終わっている。当たり前のように“東 祐”という名前の人物が追加される。苗字も名前も漢字一文字の人間に初めて出逢った気がする。あずま たすくと読むのだろう。橋谷にそう呼ばれていたから、間違いない。
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