埋没パーソナリティー

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「汐見さんは範囲知ってるー?」 「うん。えっと、テキストの28頁から59頁までだよ」 「へー、そうなんだ。教えてくれてありがとー」 小さく囁くように言った男がにっこりと無害そうに笑っている。 山本拓哉はその顔と表情から、犬顔だと言われているらしい。二つの目はぱっちりと瞬きしていて、くっきりと二重のラインが染みついている。 まるで女の子みたいに長い睫は、横から見るとくるりと上向きだった。そんな事実を知りたいわけでもなかったのに、なぜかこいつが隣に座るから気付いてしまった。 山本の肌は荒れを知らない。まるで剥きたての卵のように潤っていて、もはや恐怖さえ感じる。本当に同じ人間なのだろうか。なぜそんな男が私の横に座って、私に話しかけてきているのだろう。全くもって理解不能だ。 「汐見さん、髪の毛食べちゃってるよ」 あたかも私のドジを指摘したみたいに言った男が、何の断りもなく私の顔に指先を近づけてくる。思わず止めた息で、顔が赤くなった。別に息など止めていなくても同じように赤くなっていただろうけど。 講義中の教室はある程度の静けさが保たれている。その中で私と山本だけがひそひそと会話しているのは、まさに秘密のやり取りのようだ。
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