妄想アイデンティティー

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何度集中しても一位は取れない。 彼はつい少し前まで普通の美容師をやっていた。もちろんクソ田舎に住んでいる私には行くこともできないような場に構えられた一等級の店だ。 そこでカリスマ美容師とかいうのをやっていた彼は、当たり前に王子さまのような顔立ちだった。 その精悍な顔立ちとは裏腹に、いつも女の子のような文字を打っている。俗に言うオカマとかゲイとか、そういうものらしいが、私には関係ない。だって嘘だ。 彼を初めて見たのは、深夜のテレビ番組だった。 大学受験の勉強に疲れ切った私が何の意味もなくつけた番組に彼はいた。女の子みたいな口調で喋っているくせに、顔は立派な男の人だった。そのアンバランスさに視線を奪われて、すぐにネットで検索をかけた。 水無瀬准というらしいその人は、東京在住のカリスマスタイリストらしい。テレビに出るくらいのイケメンだが、それこそサロンに行けば当たり前のように会える人だった。 「会いに来てねぇ」と笑っていた顔を思い返してすぐにSNSをはじめた。 准くんは毎日今日着た服の画像をあげてくれる。 画像には当たり前のように真剣そうな顔の准くんが見切れるように映っていた。その気取らなさがたまらなく好きだ。 あくまでもメインはコーディネートで、自分は映るつもりがなかったみたいな。見切れた顔はあの日に映っていた人懐こい笑顔とは別人のように男らしくて、そのギャップに胸が苦しくなる。
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