陶酔サイバーシティー

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唯一普通に大学の人間と話せる空間だったはずが、あっという間に息苦しくなる。呼吸困難に陥って、愛想笑いを浮かべながら席を立った。 「どした?」 心底不思議そうな顔をする橋谷に笑顔を貼り付けて「ちょっとお手洗い」と呟く。また何の感動もなく「そかー。いってら」と笑われて、誰に見送られるわけでもなく席から離脱した。 誰も私に興味なんてない。知っているくせに、ああしてキラキラした人間の輪に放り込まれるとまざまざと見せつけられたような気になった。 息苦しい。 胸に押し付けた携帯を強く握りしめて、すぐ近くにあった女子トイレの一番奥の個室に入った。鍵をかけて息を吐く。 吸って吐いて、吸って、やっと酸素を取り込んだみたいに心臓が落ち着いた。あの場の空気を吸うくらいならトイレで深呼吸した方がマシだ。 誰かに嫌われているわけでも、邪険にされているわけでもなかった。ただ空気だ。それも読む必要のない空気。存在する必要のない、誰にも取り込まれない空気。 「ははっ」 乾いた笑い声が女子トイレに反響して消える。講義が始まったのだろう。誰もいない。 私一人だ。 一人なんだから個室にいる必要もないだろうけれど、ここから出るのがしんどい。またあそこに戻らないといけないのだと思うと死にたさでどうにかなりそうだった。
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