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鍵を開けて個室から出る。そのまま、別に用を足したわけでもないくせに入念に手を洗って女子トイレから出る。
「わ」
その先で思わぬ人と目が合った。
「あ、東くん?」
その男は、スマホに送っていた視線をこちらに寄越してくる。無言の空気に耐えられなくなって声をかければ「なに」と返された。特に意味はないです。と言えずに「どうしたの」と訊けば、答えは無言だった。
そんなに嫌いですかなんて言えないし「言いたくないこと聞いてごめんね」なんて謝る。その先に「別に」と言われたらもう会話が無くなった。
「わたし、戻るね」
遂にはもう戻りたくないと思っていた講義に向かうことにして呟く。それにまた眉を顰められた。この男は私の言葉になら何でも腹を立てるのかもしれない。もう様子を伺うのもあほらしい。
「お前さ」
無視して講義室へ足を踏み出せば、今度こそ、声がかかった。
「はい?」
「サボれば?」
「はい?」
別に何と言うこともない様なトーンだった。
サボれば? と、提案されるのが初めての経験で、一瞬意味が解らなかった。徐々に噛み砕いて「ノートが必要ないから?」と間違ったレスポンスが出る。
あ、と思った後では遅い。私の言葉を聞いた東が面を食らったような顔をした。
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