陶酔サイバーシティー

11/26

574人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
何も言葉にできないまま、ここで頷けば、その場が上手く収まる。そう、無意識に考えて引き攣った顔のまま「行きたい、行こうかな」と呟いた。馬鹿みたいだ。 私が行くと言えば、山本は嬉しそうにガッツポーズを決めた。「よっしゃ。俺汐見さんの歌うとこ見てみたかったんだよね~」と言われて、たまらなく泣きたくなる。 音痴だから期待しないでねって言いかけた声に、橋谷の言葉がダブる。 「汐見、超上手だから」 それの主語が『歌が』じゃなくて『引き立て役が』だったことに気付いたところで、全ては遅い。 学科でも有名なパリピ集団に巻き込まれて席に座った。すでに湿った煙草みたいな匂いがして鼻が可笑しくなっている。 知っている顔も知らない顔もあって、ただでさえ異質な存在の自分が、際だって異質に見える。私の顔を見た全ての人が一度不可思議そうな顔をして、橋谷に耳打ちされては小ばかにするように笑った。今更気付いた。 「汐見さん、何歌う? 好きなやついれていいよ」 私は、馬鹿にされるためにここにいるのだ。山本だけがいつも通りに接してくる。それをまた物珍しそうに見ているオーディエンスに言葉を失った。歌いたい曲なんてない。歌なんて知らないし、好きでもない。 唯一知っているのは水無瀬准が好きだと言っていたL'Arc〜en〜Cielくらいだった。それも私の声の高さでは歌えないし、そもそも音痴が歌っていい曲じゃない。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

574人が本棚に入れています
本棚に追加