作家、鳶ヶ谷鷹生

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作家、鳶ヶ谷鷹生

鳶ヶ谷(とびがや)鷹生(たかお)は世界一有名な日本人作家だ。 例年よりすこし梅雨明けの遅かった8月のこと。仕事とはいえめったに来ない渋谷の圧迫感に委縮していた。 喧騒と人工的な熱気、視線の先にある小さな液晶は人から器以外のすべてを抜き去っている。無関心と無関心が交差していたそんな中、突如頭上のモニターを占拠したその広告に、僕は地面を焦がす日光よりも胸の奥に熱い何かを感じた。僕はその場で呆けて、手に持っていた資料をばらばらと落としてしまった。 『鳶ヶ谷鷹生最新作、今年12月発売』 僕は上の空で、打合せ内容なんか覚えちゃいなかった。これまた部長に叱られるなと思っていると、取引先の大石さんがそっと耳打ちしてくれた。 「新作の事で打合せなんて集中できませんよね。あとで資料お送りするので安心してください(笑)」  彼の視線の先には僕が鞄に無造作に突っ込んだ鳶ケ谷鷹生の新作のチラシ。彼も生粋の鳥人間であることが伺えた。 「なにニヤニヤしてんだよ気持ちわりぃな」  会社に戻ると案の定部長の怒号を浴びることになる。しかしなんともひどい理由だ、発売日が待ち遠しくてニコニコしていただけなのに…。 「おい、ぼーっとつっ立ってないで早く席に戻って資料まとめたの持ってこい」  部長に叱られる僕を憐れむ目で見る社員たち。今年のターゲットはアイツか、なんて噂話もちらほら聞こえた。僕はそんな視線を気にもせず、力強い歩みで席に戻る。部長の叱咤も、同僚のひそひそ話も、僕にとっては毛ほどにも興味がない。  鳶ケ谷鷹生の新作を待つ鳥人間の強さを思い知るがいい!  と、意気込んだのも束の間。
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