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新治は「分かった」と一言だけ言って別れた。私は家に帰ると「ただいま」も言わずに自分の部屋に駆け込んだ。
「文香? 帰ったの?」
お母さんの声が下から聞こえてくる。私はベッドに顔をうずめていた。
「何かあった?」
いつの間にか2階に上がって来たのか、お母さんは私の部屋の扉をノックしてきた。
「あー、新君とケンカでもしたんでしょ?」
お母さんに見透かされてる。
「文香は、優しいから相手のことを丸々考えちゃうのよね」
「まぁ、でもそれは新君も同じかな」
ドア越しに矢継ぎ早に話し掛けてくるお母さんに、私は少しイライラしてきた。
「何でも分かった風に言わないでよ! お母さんはいつも正しすぎるのよ!」
抑えきれずに口から言葉が漏れてしまった
。
「……ごめんね。でも大人っていうのは中々こういう性格を変えられないものなの……お母さんも努力はしてるつもりなんだけどね」
ドアの外からお母さんの落ち込んだ声が私の胸を揺さぶってくる。
「だから、だからこそあなたは気持ちを伝えることを大切にして」
「ずっと、ずーっと。そのままで良いの?
少しは自分の気持ちとも向き合って考えなさい」
私はドアを開けて、お母さん部屋の前にいるお母さんと向き合う。
「あなたは自分の気持ちを大切にしてね」
「酷いこと行ってごめん、お母さん、私……ちょっと行ってくるよ」
なんで今まで気付かなかったんだろう。いや、なんで今まで目を背けていたんだろうか、私はあんなに。
外に出て新治の家まで続く坂道を降りていく。少し下ると私の視界に彼のシルエットが入ってきた。この高い坂の上から見える夕日は向こうの山の方へ閉じかけている。
「文香……ごめん、俺」
新治のそばまで歩み寄ってく、新治も私の下に歩み寄ってきた。
「なんで、いつもこうなんだろうな、俺って本当にもうどうしようもないな」
「私もごめん、あんたに……新治の前だとなんかあんな強がっちゃって」
「文香、好きだ。俺、文香のこと好きでどうしようもないんだ」
「……新治、私だって……ずっとそうだったよ」
次の瞬間、新治は私を抱き寄せてキスをした。それはほんの一瞬だったけど、確かに新治の体温を感じた。
「……」
「やっぱり、今日行って良い? お母さん御祝いしたいし」
「うん、今日一緒にいようよ」
「ありがとう」
新治はちゃんと覚えてくれてた。今日はお母さんの誕生日なんだ。
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