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 大陸の東の果てに、小国オロ・ノードはあった。  山脈を挟んで北は大国アルカヴィトリに接し、その南には広大な海が広がっていた。  山海の恵に育まれ、南方の島々との交易も盛ん。  気候は概ね温暖で住む人々の性質も穏和な、自他認める静かな国だった。  あの『事件』が起きるまでは。  誰もが異なる信念を持ち、異なる価値観を持ち、異なる正義を持つ。  誰もが正しく、誰もが間違っていた。  そう気がついた時にはもう手遅れだった。  もっと早くに互いが歩み寄っていたなら、このようなことにはならなかったのだろうか。  ところどころに篝火が焚かれた中庭を眺めながら、男は深々とため息をついた。  オロ・ノードという国の全権は、今や彼の手中にある。  けれど、その国を構成する人々の心を未だ掴めずにいた。  臣民の心は、彼とは別の男に寄せられている。  至極当然と、彼自身も思っている。  その男は、彼とは比べものにならぬくらい、学問においても人柄においても優れていたのだから。  彼は再び深くため息をつく。  その時だった。  不意に風向きが変わる。  篝火の煙に混じって、僅かに異なる臭いが鼻をついた。  それは、血の臭い。  何故。  或いはついに自分の気が触れたか。
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