体育祭

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狭い密室の中暫く過ごしていると、外に居るであろう生徒会長がふん、と鼻を鳴らした。 「其処に居るんだろう。鬼塚め。さっさと出てこい。」 声がした瞬間、鬼塚の体が強張った気がする。代わりに出ていきたいけど、生徒会に怪しまれるのは避けたい。 (…でも。) 僕を撫でる手がぴたりと止まった。鬼塚が瞳孔を縮小しながら、息を荒くしている。胸を握りしめ、何かに耐えているようだった。 (………出た方が良いよね。多少のリスクは分かってたし。) 僕がそんな事を考えると、何を察したのか。鬼塚は僕に笑いかけ、「待ってろ。すぐ終わらせる。」と言った。 (…え?) 鬼塚は僕が掴もうとする手を振り切り、ロッカーの外に出た。僕の姿をその大きな背中で隠しながら。僕には突然過ぎて、何が起こったのかは分からなかったけれど、ただ鬼塚が僕の事を庇った事だけが伝わった。鬼塚は後ろ手でロッカーの扉を勢いよく閉めると、僕は隙間から様子を伺う。 「大人しく出て来ればいいものを…。手間を取らせるな。奴隷の分際で。」 「…。」 此方側では後ろ姿しか捉えることが出来ず、鬼塚が今どんな表情をしているのか分からない。…でも空気が伝わってくる。僕と接していた時とは違い、張り詰めた空気が室内に充満した。夏なのに冷や汗が止まらない。僕は唇を固く閉じ、祈るように指を組んだ。 会長はロッカーを一瞥すると眉を顰めた。 「…誰かは知らんが、俺様から逃げられると思うなよ。」 生徒会長は鬼塚の体を乱暴に叩くと「これでお前は捕まった。…さっさと来い。」と言い、鬼塚をじろりと見つめる。 「…おう。」 地を這う様な低い声、僕は一度も聞いたことの無い暗い声、鬼塚はその後何も言わず会長の後に続きこの部屋を出ていった。 僕はロッカーを背もたれに、ずるずると座り込んだ。 (……僕) (…見てることしか出来なかった。) (鬼塚におんぶに抱っこで…) (…このままでいいのかな。) あんな姿の鬼塚を、見た事が無かった。いつもヘラヘラ笑って、辛い事なんか何一つ無さそうな、能天気な男。人生がとても楽しそうで、そんな姿が嫌いだった。 (……でも) 苦しそうだった。辛そうだった。他人事だと笑えれば、どれほど良かっただろう。 でも…そんな風に過ごすには、関わり過ぎた。 だって、だって、 好きだと、綺麗だと、言われ続けて、 (嬉しくない訳が無い!!!!!!!) 人の好意が嬉しくない人間は居ない。誰だってそうだ。笑えれば良かった、ザマァみろって。なんだってこんな事になるんだろう。 大っ嫌いな鬼塚。気持ち悪い鬼塚。これは本心で言える。 だからまだ大丈夫。 僕は一人で大丈夫。 …もう、あんな思いは御免だ。
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