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(確か…この廊下を曲がった先が、生徒会室…。)
生徒会室が近いからだろうか。さっき通っていた廊下より少し静かになっている。人通りも少なく、普段よりも幾分か広く感じる。廊下にはコツコツと足音だけが響いた。
「わっ。」
曲がり角を曲がると、体にぼふっと柔らかな衝撃が走る。出会い頭にぶつかったらしい。僕は小さく「すみません。」と謝り、その場から去ろうとした。
が、その考えは目の前の人物を見た時に霧散してしまった。
「…ぇ?」
幽鬼の様に動く体。だらりと垂れ下がった腕。何も写していない虚な目。半開きの口。鬼塚は精神が抜け落ちた様な表情で、こちらに目玉をぎょろりと動かした。
「…ぉに、づか?」
僕はその様子が恐ろしくなり半歩退がる。何故だかいつものヘラヘラ笑っている鬼塚では無い気がした。
僕を瞳の中に写すと、鬼塚が口を震わせながら、何処か寒気がする歪んだ笑みを浮かべた。顔は恍惚としており、頬を朱に染めた。
すると鬼塚はこちらに手を伸ばし、僕の腕を掴んだ。
「鬼塚?あの…。」
ぐいっと引き剥がそうとするが、力が強く、僕の腕は動かなかった。僅かな痛みが続いている。
「…黒野。」
「あの…腕を…。」
ぐいぐい。
何度も引っ張るがびくともしない。腕が痛い。少し力が強くなった気がする。砂糖を煮詰めた様な甘い声が、僕の耳に入り込んだ。
「何処か、遊びに行こうぜ。」
「痛いです…腕を…。」
ぐいぐい。
鬼塚は話を聞いていない様だった。ただ淡々と自分の事をはなしている。
痛い。力が強くなる。
「此処じゃねぇ…何処かへ。」
「痛い!痛いです鬼塚!離して‼︎」
今度は空いている片方の手で自分の腕を引っ張ったり、鬼塚の腕を離そうとする。締め付ける様な痛みに視界がぼやける。掴まれている部分は真っ白に染まっていて、固定されているかの様にピクリとも動かない。
「金ならあるから。」
「お願い鬼塚‼︎離して‼︎痛い痛い痛い!!!」
離れられない。
逃げられない。
怖くて怖くて堪らない。
僕を見ている筈なのに、僕を見ていない。
「なぁ、黒野。」
(___!)
氷の様な冷たい声色に、体がビクリと跳ねる。今までの声では無い。突き刺さるような声。先程までの痛みは無くなっていた。でも僕の体はカタカタと震え、動けずにいた。ただ震えながら、怯えることしか出来ない。
「行くよな?黒野。」
その瞬間、鬼塚の表情が豹変した。
瞳孔が開き、鬼塚の青が混ざった緑色が爛々と輝いている。口は一の字に結ばれてており、先程とは打って変わって、頬を染めた朱も蕩ける様な笑みも無い。
絶対零度の極寒がそこにはあった。
「分かりました…!ゔぅぅ…分かりましたから…!ひっく……お願い……離して…………。」
ずるり、と解ける手。腕は真っ赤な跡が残っていて、じくじく痛む。頬をつたる生暖かいものが、指で優しく拭われた。
「あっ!悪りぃ泣かせちまったな?俺手加減苦手だからよー。」
ぼやけた視界で顔を見ると、鬼塚は底抜けた笑顔でカラッと笑っていた。
いつもと同じ。
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