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「え。でも、主任が持ってた方がいいんじゃないですか? ほら。最後に僕が無事とは限らないし」
僕はあんたを守るために行くんだから、生き残る確率はそっちの方が高いでしょう。
エアロンはいつもの調子でそう付け加えた。ところが、椿姫は顔を曇らせ、駄々っ子のように首を振る。その姿があまりに普段の隙の無い上司とかけ離れていたために、彼は慌てて取り繕う術を探した。
「だって僕、ナイトだし? お姫様のためなら命投げ出す覚悟だし?」
甘く見積もっても半分以上は嘘である。
茶化したつもりが伝わらなかったようで、椿姫は更に沈痛な面持ちで地面を見つめた。
「守ってくれる騎士様が死んだら、残された姫も死ぬんだよ。受け取ったあんたが持っとくべきだ」
「えぇー……なんでそんなにネガティブなんです? そりゃあ危険な仕事だっていうのはわかりますけど、僕はこんな所で死ぬつもりないし。あんただってそうでしょ? 簡単なことです、二人とも生き残ればいい」
「それじゃ、どうせ二人とも生き残るんだから、あんたが持ってな。無くすんじゃないよ」
椿姫はそう言って腕に頬を預けた。
なんだか空気が悪くなってしまった。エアロンは紙切れをベストの内ポケットにしまい、立てた両膝を抱き寄せた。
何かがどこかで鳴くのを聞いた。炎が咳き込むように火の粉を吐く。橙の粒が天に向かってするりと消えた。
気配を感じてエアロンが顔を上げる。椿姫はいつの間にか眠りに落ちたようだが、エアロンが焚火に砂を掛けて消す音で目を覚ました。
グウィードが戻ってくる。護身用のナイフが月夜に輝いていた。
「何?」
エアロンが囁く。荷物からハンドガンを抜き出した。
「人だ。町の方から、五人くらいかな」
「なんだろう、ミングカーチ市民?」
「いや、西洋人だ。フランス語と……時々英語が混じってる」
グウィードは二人を守るように暗闇の前に立った。エアロンが主任を立ち上がらせ、背後に庇う。
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