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『わたしはここに』作 キャメル・ローティ
夏休みなんて無かった。中途半端に2限から始まる夏期講習のために学校へ向かう途中、少女はそんな感想を早くも持った。実際は夏休みは始まったばかりで、今日は夏期講習の初日だった。高校3年生にとっての今年の夏は勝負の夏だかなんだか知らないが、平日はお盆のぞいて毎日学校で夏期講習だなんて、頭がいかれているに違いない。これだから自称進学校は、とただでさえ暑くて不愉快なとこに愚痴を重ね、自分でさらに不愉快を積み重ねていく。それに律儀に参加する自分も自分だが。どうせ家では勉強しないことはわかってるから苦肉の策での参加決定だった。少女の高校は田舎にあった。舌打ちしたくなるような何も阻む物のない眩ゆい青空に、視線を下ろせば一面緑。やたらめったらアスファルトやコンクリートが置いてあったりはしないし、木々による木陰も所々にあって都会よりはマシなのだろうが、それでも暑いものは暑い。日光の圧力を感じて息苦しいし、すでにかいた汗で服が張り付く不快感で元から悪い目つきがさらに険悪になる。ぱたぱたと、焼け石に水とわかってはいても思わず手で扇いでしまう。学校にも着いてもいないこの時点で、少女が帰りたいと思ってしまうのは仕方のないことだった。
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田舎の学校にしては珍しく、ここの高校はクーラーを設置していた。教室の扉を開けた途端に感じる冷気に少しばかり不快さが和らぐ。夏期講習の参加人数はあまり多くはなかった。大学受験はせずに、就職や専門学校へ行く生徒、大手の予備校での夏期講習に臨む生徒など、学校で夏期講習を受けるものたちは少数派だった。もちろんサボる奴だっている。本日教室にいたのは少女を含めて6人だった。
自分の席に着くと残りの5人のうちの1人が近づいてきた。
「朝からお疲れー。暑かったでしょ、扇いであげる」
そう言って制服のスカートのポッケから扇子を取り出し、ぱたぱたと少女を仰ぎ出す。友人にありがとう、と礼を言ってペットボトルのお茶で水分補給を済ます。
「律だって、暑かったでしょ。そっちは電車だし」
扇子を奪ってお返しにと、仰ぎながら尋ねる。
「まあねー。やっぱり満員電車はしんどいな。今日も死にかけたし。でも電車の中も一応クーラー効いてるんだよ。蓮はここまで自転車でしょ?もはや修行だねー」
扇子の持ち主である律はそう言って、蓮の前の席に座った。どうやら今日の夏期講習は本来の持ち主がいないのをいいことに、そこに居座って受けることにしたらしい。
扇ぎっこをしているとようやく汗も引いてきた。朝からの疲労と訪れた涼しさに眠たくなってくる。それに何よりこれ以上この友人と会話をしたくなかった。話すこともない。
「先生来たら起こして」
それだけ友人に伝え、蓮は仮眠を試みた。
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初日の夏期講習は4限までで終わった。涼しい教室でお昼を食べ、この後はどうするかと思案する。友人含め、教室にいるものたちはそのまま下校時間まで勉強するようだった。それはそうだろう。先生もいるし、涼しいし、勉強する所は十分にあるし。しかし少女は友人の誘いを断り、学校を出た。
別に友人が嫌いだとか、いじめられてるとか、そんなことはなく、ただ漠然と学校にいたくはなかった。それは今日に限ったことではなく少女が常々感じていることで、なんとなく、本当になんとなく、あそこにいると息がしづらかった。いつも、出来るだけ早く家に帰りたかった。なによりも人と会話をすることが怖かった。初対面ならばまだしも、毎日顔を付き合わせて会話を重ねていくとどうしてもボロが出てくる。初対面で繕ったものがボロボロと崩れていく。失敗したところや恥をさらすのが嫌だった。毎日一緒にいて、そのアラが見えてしまった状態の自分に一緒にいる価値が果たしてあるのかと考えてしまう。だから少女に友人はいても親友はいない。クラス替えや中学から高校へ上がる時など、その時々で関係をリセットしてきた。昔の友人だった人たちにはもう二度と会いたくなかった。田舎の高校は選択肢が少ない。だからこそ地元で一番入りにくい高校に入学した。そのおかげで同じ中学から入った子は数人しかいない。初めは良かったが、3年生にもなればほぼみんなある程度知り合いになってくるし、つるむメンバーも固定されてくる。息苦しくて仕方がないし、なんでこの友人たちは私といるのだろうかと考えるとどんどん気持ちは沈んでいく。
この息苦しさは物心ついたときから常に少女につきまとっていたが、2つ上の姉が大学進学で家を出てからよりひどくなった気がする。姉とはお互いを煽り合ってその後でカラッと爆笑できるくらいには仲が良かった。いたらいたで面倒でもあったが1番身近な人だった。
そんな姉がいない家に今日はすぐさま帰るわけにはいかないだろう。家では勉強できないから、と親に言って出かけてきたのだ。このまま家に帰って怠けていたら色々と言われて面倒だ。どこか別のところで時間をつぶさなければ。できれば涼しくて勉強できるところで。
と言ってもここは田舎だった。洒落たカフェどころかコンビニも遠い。あと思い当たる所といえば、と勉強ができるかはいささか疑問だが頭に浮かんだ場所へ新たに目的地を設定し、日光の下へと自転車を漕ぎ出した。
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通学路からそれたところに、小さな神社がある。その周囲は木々が密集し日光を阻むため夏場でも涼やかに感じる。何を祀っているのか、神社の名前はなんと言うのか、諸々のことは知らないがここはあの高校へ通うようになってから少女が見つけた場所だった。自転車を停めて境内に入るとさらに体感温度が下がったように感じる。ひんやりと、蝉の鳴き声もどこか静まって聞こえる音の中に自分の砂利を踏む音が響く。
ここにいれば涼は確保できそうだった。しかし勉強ができるかと言われれば、座る場所も拝殿のへりにお邪魔しなければならないような何もない神社なため、長居が無理なことは明らかだった。少しいるならば自転車にでもすわってるのだが。本殿の方に何かなかったかと拝殿をぐるりと回り込む。やはり都合よくベンチなんてものはなく、しかし学校にも家にも戻りたくなくて、未練がましく本殿の方もぐるりと一周回ってみるかと思いつく。いつもお参りをしたことがあるくらいで本殿の方はあまり見たことはないのだ。
拝殿よりは少々大きな本殿の裏手。そこには道があった。道、と言えるほど整備はされてはいないが、けもの道かと言われればそれよりは整っている。思ってもみなかった発見だが、どのみち行く当てなんてないし、と少女はそのまま道と思しきものをたどることにした。
道中も木々が生い茂り通学時よりかはずっと心地よい。だからといって薄暗くはなく、木漏れ日が射しこんでいる。
しばし歩いて先を見やると、開けた場所に出ることがわかった。
奥に社でもあるのかと進む。と、そこには木々に紛れるかのように大きく古びた洋館があった。とても古いものであるようで、壁面には蔦で覆われている部分もある。屋根も色が褪せて欠けていたりと完全に廃墟に見える。しかし不思議なことに正面の大きな両開きの扉だけは周りと比べて新しく、さらにドアノブには『開館』と書かれたカードがかかっている。
開館、と頭のなかで反芻してみるがはてなが浮かぶばかり。こんなところに図書館だろうか。夏休み現在、地元の図書館は子供達が押し寄せ勉強どころではなくなっているのだが、辺りは見事に静かでここはそうではないらしい。
いくら涼しくても暑い日中にずっとその外にはいたくない。だから少し覗くだけ、そう思って少女は扉を少しばかり開けた。ガチャリと軽い音がし、やはり扉は新しいようで軋むこともなくスムーズに開く。外もひんやりとしていたが扉の中からは人工的な涼しさを感じる。空調が動いてると言うことは、やはりここは何かの施設なのだろうか。しかし、公共施設特有の人の気配や音がしない。誰もいないのか、図書館のような場所ならばありがたいけど、と思いながら扉を開ききると、作業をしていたのか、中にいた人物と目があった。
てっきり誰もいないと思っていたために、激しい動揺とともに、もしかしてここには入ってはいけない場所だったのだろうか、と焦りがわきあがってくる。このまま謝罪して扉を閉めてしまった方が良いのだろうかと目を泳がせ、少女が軽くパニックになっていると
「そんなに驚かないで、大丈夫だよ。怒らないから、入っておいで」
クスリと、その人物は緩やかに微笑む。少女が恐る恐る足を動かし中に入ると、声の主である彼はゆるくお辞儀をした後に口を開いた。
「ようこそ。逢間の絵画廊へ」
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綺麗な大人の人だった。背が高いが中性的な顔立ちに、肩甲骨あたりまでゆるく伸ばした淡いアイボリーの髪に灰がかった目。日本人なのか疑問になる。その印象もあってか、少女が中々入口から動けないでいるのを見て彼は口元に手を当て、またもやクスリと笑った。
「君、学生さんかな。図書館かなにかかと思った?」
まさに先ほど思っていたことを言い当てられさらに目が泳ぐ。初対面の人への対応はわりと得意なはずなのだが、いけないことをしているのかもしれないならば話は別で。
「実際外からだとここがなんだかわからないよね。おいで。外は暑いししばらくここで涼んでいくといい」
そう言って軽く手招きされれば、ついていかないわけにはいかないので、少女もようやく館内へと入っていった。
洋館の中は画廊になっていた。絵画だけではなく、書物もかなりの数置いてあって、いたるところにソファやテーブルもあった。外装と比べて中も扉と同様、わりと新しく感じた。それでも10年は経年してそうだったが。高い位置の窓からフロアへ外の木々に遮られて細く差し込む日光が届き、外で風が吹くと、か弱い日差しがスポットライトのやうに揺れ動き、前を歩く彼の髪の先をゆらゆらと照らした。
「ここは画廊なんだ。展示しているのは全て僕の祖父が集めたもので、少しだけど蔵書も置いてある。だけど、別に宣伝も営業もしてるわけではないからここには誰もこないんだけどね」
だから君がきて僕も驚いた、と彼は変わらず涼やかな声で話す。
しかしここで少女は先程から疑問に思ったことを尋ねるべくおずおずと口を開いた。
「あの、表の扉に『開館』って札がかかってて、それで入ってもいいのかと思ってしまって」
なんとなくだんだん声が小さくなってしまう。これで本当に実は入ってはいけないのだと言われてしまえば、申し訳なさと恥ずかしさで死にたくなる。そんな少女をよそに、彼はこちらを振り向かずに歩きながら答えた。
「そうだね。祖父から言われていているんだ。ここは来たい人が来れるように常に開けておきなさいって。だから別に構わないよ。怒らないって言ったでしょ?」
それを聞いた少女は密かに深く息を吐く。ようやく強張っていた肩の力が抜けた気がした。怒られるのは嫌だったし、間違ったことをして恥をかくのも嫌だった。今回はそんな精神的負担を回避できたのだと安堵する。
「ここなら座るとこもテーブルもあるから勉強もできるよ。同じフロアで僕が少し作業をするからちょっと音は立ててしまうけど」
入口のフロアと同じくらい広いフロアの中心には椅子とテーブル、一段低いソファ、そして壁に埋め込まれたかのようにある天井まで届くほどの大きな本棚たちと、その間にかけられた沢山の絵画が展示されていた。願ってもない理想的な環境に喜びたいが、まだまだ警戒心というものがある。営業もしてない展示会ってなんだ。それにこのフロアに来るまでに本当に彼しか見なかった。しばらく時間を潰したら早めにここから出てしまおうと、一人決意し彼に礼を言ってテーブルについた。
思った以上にここは快適な場所だった。涼しいというのは勿論、届く光はやわらかく、外の木々のざわめきがちょうどよかった。何より人が彼と自分しかいないという静けさが良かった。その彼はというと作業をするから、とは言っていたが他のフロアに言っているのか今はここにはいない。好都合だとばかりに少女はシャーペンをノートに走らせた。
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随分長い時間集中していたのだろうか、気づけば外からの明かりには赤みがさしていた。一旦問題集を中断して顔を上げて窓の外を眺めていると、コツコツと足音が聞こえ先程までどこかへ行っていたらしい彼が戻ってきた。
「頑張ってたね。休憩?」
「はい…。ここって、何時までやってるんですか」
そう聞くと彼は顎に指先を当てしばし、うーん、と考え
「この時期は18時過ぎくらいまでかな。いくら夏でも暗くなる前には戻った方がいいよ」
「…わかりました」
なるほど暗くなったら閉まるらしい。ここに来た時の早めに帰るという決意を軽くひっくり返して、もうしばらくいさせてもらおうと思ったが、ふと彼が大きな手提げを持っていることに気づいた。袋が中身の形に引っ張られて四角く角ばった形になっている。あれでなにか作業するのだろうか。少女の視線に気づいたのか、こちらにきた彼がテーブルの反対側で手提げの中身をゆっくりと出す。
それは薄く四角い箱だった。箱をゆっくり丁寧に袋からだし蓋を開けていく。
「絵だ…」
絵画。それは額に入れられた一枚の絵だった。ほぼ全てが暗い紺と藍、黒に覆われた絵。美術に疎い少女にはそれが油絵なのだろうか、くらいにしかわからない。箱から絵画を取り出すと彼はとても大事そうに丁寧な手つきで保存状態の確認を始めた。
「さっき一通りの手入れや確認はしてきたんだけどね。大事な物だから飾る前にもう一度確認しないと不安で」
軽く苦笑しながらも手つきは変わらず丁寧で、確認を終えた彼は開けてあった壁のスペースにその絵画を飾った。
先程は向きが反対だったので正方向で見てみようと少女も彼の隣に立ち、絵を眺めてみた。
先程の印象と変わらず全体は暗い色でほぼ埋め尽くされている。しかしそれはよく見れば月夜の街並みで、絵の左側にはおぼろげながらも淡く光を灯す家があり、その窓から溢れる光の中に家族の笑顔がある。そして左側にはそれを眺めるローブを着た少年。マッチ売りの少女、という単語が少女の頭の中に浮かぶ。この少年には暖かい家庭が無いのだろうか。そういえばこの絵のタイトルはなんだろうと絵の周囲を見るがそれらしき札は見当たらない。
「この絵の題は『わたしはここに』、キャメル・ローティという人が描いたものだよ」
今まさに欲しかった答えを得たが、なんとなくさっきから彼に全部見透かされているような気がして、少女はちらりと隣を見やる。が、彼は絵を真っ直ぐ見つめたままだった。
『わたしはここに』、この絵はそれこそやはり、マッチ売りの少女のように暖かい家庭に焦がれている少年の絵に見えてくる。
そうだ、良いことを教えてあげると、彼が悪戯っ子のような笑みを浮かべて話し出す。
「キャメル・ローティという画家は幼少期に親から虐待を受けていた。通っていた学校の先生が気づくまでそれは続いていたらしい。でも、その家庭から離れた後はわりと幸せだったみたいだよ。この絵は晩年に恋人と各地を旅行していた時に描いた一枚」
親からの虐待。そう聞いて絵に視線を戻すと見てしまうのは、暖かい光の中の家族の方で。父親と母親らしき人が3人の子供を囲んでいる。子供も皆笑って。しかしそこでふと違和感があった。交わらないのだ。1人、誰とも視線が交わらない子供がいた。誰もその子の方を見てはいない。皆笑っている。その子も笑っている。でも、その子の笑顔を見るものはその家族の中にはいない。背筋がぞっとする。何か見てはいけないようなものを見てしまったかのようで。その家族を外から見る少年は、笑ってはいなかった。でも少年だけはその子供を見ているような気がした。よくよく見れば、少年の服装は旅人のようでもあるような。ならば、この少年は作者でもあるのだろうか。ならどうして、少年は家族を見ているのか。
ねぇ、と彼がこちらに視線を向ける。
「『わたしはここに』って誰が言っていると思う?」
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作品論、作者論というものがあるらしい。作品と作者を別々に、関係ないものとみなして鑑賞するか、作品と作者を結びつけて鑑賞するか、というものらしい。
「今の風潮は知らないけど、僕はどっちでもいいと思ってるよ。面白い方で受け取ればいいんじゃないかな。人間って深読み好きだしね。それに生み出された作品の受け取り方なんてそれこそ人それぞれなんだから。作者であってもそれは制限できないものだよ」
彼の先程の作者についての説明のせいで、すっかりあの絵に対する印象が変わってしまった後に、彼は茶化してそう言った。たしかにこんなに印象が変わってしまうなら、関係性について悩んでしまうのも仕方がない気もする。そういえば、先程の作品の作者はキャメル・ローティというらしいが少女は生まれてこのかた、その名は聞いたことがない。その分野に明るくないというのもあるのだろうか。ゴッホとかならわかるけど。
「キャメル・ローティという人は有名な方なんですか」
「いや?彼は無名だよ。生涯で売った絵もこの作品くらいじゃないかな」
僕も知らない人だしと聞いて、ん?と思わず首を傾げてしまう。ここは画廊といったではないか。美術館やギャラリーとは大体知名度の高い人の作品を飾るものではないのか。
その少女の反応を見て、彼はクスクスと笑う。
「ここは祖父のコレクションのみを飾る場所なんだ。僕の祖父は気に入ったものならば知名度も何も関係なかったようでね。その作品とそれを生み出した人に惚れたときに、コレクションに加えていたらしい」
まあ、好きなものは好きってだけでいいんじゃない?と、彼は目を細め楽しそうに微笑んだ。
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赤い光に影がさし空が紫がかってきた頃、少女は今度は出るために洋館の扉を開けた。日中よりは随分と涼しくはなったようで不快感はもはや感じない。
「じゃあね、もう暗くなるから気をつけてね」
彼は開けた扉に寄りかかってゆるく手を振る。
ありがとうございました、と言いかけるが思わず別の言葉を紡ぐ。
「あの、お兄さんは誰だと思ったんですか」
不思議そうな顔でこてんと首をかしげる彼に少女は続けた。
「さっきの絵で、誰が言ったのかって」
ふと気になって口をついただけなので、またもやだんだんと声に力がなくなる。こんなこと聞かないでさっさと立ち去ればよかったかもな、と思ってしまう。また目が泳ぎだした少女を見て、微笑みながら彼は形のいい唇を開く。
「家庭環境関係なく誰しも、毎日他人と顔を付き合わせて圧迫感を感じるより、1人の方がずっと気楽なときだってある。けれど幼少期の子供にとって親は絶対的な存在だからね。あの状態を子供に対する虐待のようなものでそれを子供が憂いているとするなら、あの明かりの中の子供とも言える。だけど晩年、作者は恋人を大切にし共に旅をしていた。でもあの絵には旅人は1人だった。それに少年が見てるあの子供は過去のもので、両方作者自身だという考えもできる。誰だっていい。ただ言った者は理解者を求めて声を上げたのかもしれないね。一緒にいても自分を理解して寄り添ってくれないから1人に感じる。己の理解者をは己のみで良いという人もいるだろうけどね。作者にとってそれは恋人だったってこと」
まあ、そんなこと考えないで好きなものを描いたのかもしれないけどね、僕は本人ではないから知らない、とクスクスと彼は笑う。答えにならない答えをもらい今度は少女が首をかしげた。
「絵は好き?」
だんだんと日が翳って薄暗くなっていく中、唐突に問いを投げられる。好きか嫌いかでいえば嫌いではないから、好きなのだろうなと思い、はいと答える。すると彼は目を細めて微笑み、
「またおいで」
とひらひらと手を振って館内へと戻っていった。
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ぎりぎり暗くなってしまったが、家に帰りさっさと自室にこもる。この部屋は姉がいた時は一部屋を半分にして2人で使っていた。今は少女の1人部屋になっている。1人部屋が快適なはずなのに、なんとなく空間が余計に余っているように感じる。それに姉がいなくなってからというもの、人に対する圧迫感は少々強まった。なんでも言い合えた姉は自分の理解者だったのだろうか、と思うと途端に姉に会いたくなった。結局今、私は寂しかったのか。ストンとその気持ちがすんなり落ちてくる。すぐにベッドに投げていたスマホを開いて通話ボタンを押す。コールを聞きながら再び考える。だが、姉の他に会いたいと思う人はいなかった。今日の夏期講習で扇ぎっこをした友人なんて脳裏を掠めもしなかった。
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