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「まったく、女ってやつは厄介だよ。言いたいことがあるなら遠回しにせず、はっきり言えばいいじゃないか」
昼休み、休憩室で良雄は同僚にそうこぼした。
「なんだ、また嫁さんの愚痴かい」
同僚が苦笑する。同僚とは家族ぐるみの付き合いがあり、美枝のことも知っている。
「朝、急に『ねぇ、覚えてるのかしら?』なんて訊いてきたんだ。おれが答えられなかったら不機嫌さ。このところそんなことばかりだ。いい加減にしてほしいよ」
「まあまあ、夫婦なんてそんなものだろう。そんなに言ってやるなよ。あんまり文句ばかり言ってると、美枝ちゃん出ていっちまうぞ」
「いっそその方がいいかもしれないな。ろくに会話もできないし」
ため息混じりに言うと、同僚は少し気色ばんだ声で、
「バカ言うな。事故のときだって、献身的に面倒見てくれた、良い嫁さんじゃないか」
「そんなの、夫婦なんだから当たり前だろう。それにそれほど献身的でもなかったぜ。他人行儀で、冷たい顔してさ……」
半ば笑いながら良雄が言うと、同僚は白けた目付きになった。
「お前、本気でそう思っているのなら、改めた方がいいぜ」
「え? どうしたんだ、急にそんなこと言って」
「別に。ただ、ちょっと、美枝ちゃんが気の毒になっただけさ」
肩をすくめてそう言い残すと、同僚は休憩室から出ていってしまった。
いったい何だというのだろう。
マンションに帰ると、中は真っ暗だった。
美枝はまだ帰っていないらしい。なるべく多く仕事をこなして、家にいる時間を減らしたいのだろうと、良雄も気づいていた。
情緒不安定に加えてこのすれ違いの生活なので、一時は美枝の浮気を疑ったこともある。
しかしそれを実家の両親に相談したとき、両親は血相を変えて「バカなことを言うな」と良雄を諌めたのだ。
少し妙に思った。
いつもの両親ならば、良雄がこんな話をすれば、息子を諌めるより先に嫁の美枝の方に何か言うはずなのだ。
思えば、両親と美枝の関係も微妙に変化したように感じる。
どことなくだが、両親が美枝の顔色を窺っているように見えるのだ。
何かあったのか、とは思うが、わざわざ訊くことはしない。それに今の美枝に訊いても、一瞥されるだけで答えてはくれないような気がする。
ともあれ、何があったにせよ、両親と妻が以前のようにいがみ合っているよりはよっぽどましだ。
余計なことを訊いて地雷を踏みたくはないし、こちらに火の粉が降りかかって来なければそれでいいのだから。
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