狭間への扉

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狭間への扉

告別式が始まり皆、星の眠っている棺桶の中に、一輪の百合の花を入れていた。 ここにいる人達は、星の顔が見れるのは最後だと思っている。 だけど、僕は星を助けると決めた。 だから、何も悲しくは無かったのだ。 僕は、星の顔の横に一輪の百合を置いた スッ。 百合の花に囲まれ、静かに眠る星の手にソッと触れた。 冷たくなった体温が、僕の手のひらに伝わって来た。 「星…。」 棺桶が霊柩車に運ばれわ、火葬場へと運ばれて行くった。 僕達も星の家族と一緒に、火葬場に向かった。 火葬が終わるまで、待合室のような部屋に通された。 両親達は思い出話しをしながら、時間を過ごしていた。 僕の制服の袖を掴んでいる女の子が、隣に座っていた。 この子は星の妹のほなみちゃんだ。 小学校二年生で、まだまだ幼い女の子だ。 僕にとても懐いていて、僕の側を離れなかった。 目にいっぱいの涙を溜めていた。 お兄ちゃんが亡くなったんだ。 悲しく無い訳が、ないだろう。 「ほなみちゃん。」 「なぁに?晃君…。」 ポンポンッと、ほなみちゃんの頭を撫でた。 「大丈夫だよ。大丈夫。」 火葬が終わり、星が骨だけとなり小さな箱になった。 骨壷を抱いたおばさんが、僕に頭を下げた。 「仲良くしてくれてありがとう。星は本当に晃君の事、大好きだったのよ。どうか、忘れないであげてね。」 「忘れないよ、絶対に。忘れられる筈がないよ。」 僕の言葉を聞いたおばさんが、さらに泣いていた。 それからの日々は、あっという間だった。 静かに時間は流れ、あの夢も見なくなった。 満月の夜当日。 この日の朝は、いつもの朝と違った。 空気が涼しくて、僕の気持ちは落ち着いていた。 「あれ?いつもより早いのね。」 少し早く目覚めた僕は、早めにリビングに来ていた。 顔を洗って来た母さんは、僕を見て驚いている様子だった。 「僕だって、たまには早く起きるよ!!」 「そうよね。朝ごはん作るから、ちょっと待ってね。」 母さんはクスクスと笑いながら、キッチンに行った。 ソーセージの焼ける音と、味噌汁の良い匂いがした。 テーブルには白米と納豆が置かれ、ソーセージとスクランブルエッグが乗った皿が置かれた。 「美味しそう!!いただきます!!」 「本当に珍しいわね…。」 「早起きが?たまには、良いじゃん!!」 「そうね…。洗濯物、干そうかしら。」 洗濯物の入った籠を持って、母さんはベランダに出た。 朝ごはんを食べながら、ジッと母さんの背中を見た。 本当に死んだら、戻って来れなくなるかもしれない。 これが、母さんとする最後の会話と、最後の朝ごはんになるのかな…。 「ごめんね、母さん。」 母さんに聞こえないように、小さい声で呟いた。 朝ご飯を食べ終え、スクールバッグを手に取り、玄関に向かった。 「じゃあ、母さん。学校に行ってくるよ。」 「あ、晃!!!」 突然、玄関先で母さんに呼び止められた。 「何?母さん。」 「帰って来るわよね?」 「え?」 「ここに…、いつも通りに帰っってくるわよね?どこにも、行かないよね?」 ズキッ。 母さんは、僕の異変に気付いていたのだろう。 泣きそうな母親の姿を見て、胸が痛くなった。   帰ってこれるのかは、分からない。 もしかしたら、今日が母親と言葉を交わすのが、最後になるのかもしれないからだ。 「何言ってるんだよ!当たり前じゃん!それより今日の夕飯はカレーがいいな!」 僕は笑いながら、他愛のない話をした。 「ふふ、分かったわ。今日はカレーにしましょう。」 「やった!それじゃあ…、行ってきます!!」 ガチャッ。 僕は笑顔で家を出た。 精一杯の母親への嘘をついた。 ごめん…、お母さん…。 僕は、あの日常を取り戻したいんだ。 学校に着くと、僕はいつも通りに授業を受けた。 授業の内容なんて、頭に入らなかった。 友達から声を掛けられても、上の空だ。 考えてる事は一つだけ、死後の世界の事だけだ。 本当に行けるのか、死んだ後はどうなるのか。 未知な世界に足を踏み入れるのは、怖い。 放課後になり僕は部活には行かず、屋上に向かった。 タンタンタンタンッ…。 階段を登る足が重い、鉛が付いているみたいだ。 屋上に付き、ゆっくり扉を開ける。 キィィィ…。 「誰もいないな…、よし。」 誰もいない事を確認して扉を閉め、扉を背にして座り込む。 ガチャッ。 僕は夜になるのを待った。 3時間くらい経っただろうか、空が暗くなった。 鞄からカッターナイフを取り出し、刃を出せるところまで出した。 カチカチカチカチッ。 シュルッ。 プチプチプチッ。 ネクタイを緩め、シャツのボタンを2つ外して首の動脈に当てた。 ドクンドクドクドクンッ!!! ドクンドクンッと激しく心臓の鳴る音が耳に響く。 「はぁっ、はぁっ、はぁ…っ。」 息が荒くなる。 額には嫌な冷や汗が流れ、足がガタガタと震える。 怖い、怖い怖い怖い。 どうしようない恐怖が、体を支配した。 僕に自殺をする度胸なんてない。 そんなの本当に、死にお追いやられた人しか出来ないだろう。 そこまで、追い詰められてもいない。 死にたいなんて、思ってもいない。 やりたくない、こんな事やりたくない。 「晃!」 頭の中で、星の呼ぶ声がした。 星との楽しい思い出が、頭の中に流れ込んできた。 そうだ…、僕は取り戻すためにやるんだ。 この日常に終わりを告げるだけだ。 取り戻してやる、星を取り戻す。 「フッ!!」 僕は、一気に首の動脈を切った。 ブジャァァァァ!!! 血が噴き出すのが分かる。 首の動脈から沢山の血が流れ、体がどんどん冷えて来るのを感じた。 瞼が重く、開けれなくなった。 体の中が寒くて、熱くて、感じた事ない感覚が広がった。 寒い、熱い、眠い。 バクッ、バクッ、バクッ…。 鼓動が弱くなるのが聞こえ、体に力が入らなくなった。 手も足も口も、体の機能が停止しているかのように動かない。 「しょ…う…」 そこで、意識が亡くなったんだ。 「きてー。お…して…」 なんだ…? 僕を呼んでいるのか? 「起きろってゆってるだろ!」 耳元で大きな声を出されて、僕は目が覚めた。 「うわぁぁ!びっくりした!」 「はぁ、ようやく起きた。」 「え?き、君は!?」 僕の目の前に居たのは、フードを被った女の子。 だけど、今はフードを取っていて、顔が見えていた。 水色のふわふわの綿菓子みたいな髪に、雪のように白い肌、長いまつ毛に真っ赤な瞳。 体に合っていない黒い大きいサイズのフードのトレーナーを着ていた。 頭の上に小さな猫耳と、長い尻尾が生えていた。 猫耳? 「遅いから迎えに来たら、呑気に寝て。」 確認の為に、聞いておこうかな…。 「君、いつも夢に出て来た女の子だよね!?」 「そうだ。お前の夢の中で、語りかけていたのは妾だ。」 「じゃあ、ここは!!?」 目の前にあったのは、大きな白い扉だった。 「ここは狭間の世界。あの扉を潜れば、死後の世界に行ける。」 「ほ、本当に来れたんだっ…。よ、良かった…。」 「当たり前だろ、お前は選ばれたんだから。」 「へ?」 僕は、少女の言った言葉の意味が分からなかった。
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