レンズの向こうに

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1. 私はぼんやりとパソコンのモニターを眺めながらある動画を編集していた。私は動画配信サービスの演者の一人だ。出演者は私とゆみときょうかとゆいの四人でやっている。主な動画内容はちょっとした自作ドラマだ。脚本は別のだれかに依頼しているらしいが誰が考えているのか私は把握していない。まぁ脚本くらいならだれが書いていても問題ない。毎回ゆみが脚本を持ってくる。私たちはその脚本に従ってカメラの前で演じている。 2. 私たちはいつの日か女優になるという夢を持っている。四人が出会ったきっかけはとある映画のエキストラに出演した時だった。ゆみが話しかけてくれて、それから同じ夢を持つことで意気投合した。動画配信サービスでドラマを作るのもゆみの提案だった。 3. 今日の撮影は夢をともに追いかける二人がけんかしてしまうシーンだ。ゆみと私では「夢を追いかける」という点ではこのシーンは二人にぴったりだが、いまだに私たちはけんかをしたことがない。そのためどのような演技をすべきなのか本当に困っていた。「ねぇ、私たち世界に通用するアパレルショップを作るって夢なのよね」「えぇ、だから半月考えてそれでも考えた結果の最高傑作よ」「ねぇ、これが最高傑作なの。笑わせないで」「なにそれ、私の作品を馬鹿にしないでくれる?」 4. この後私は殴られる振りをするはずだった。しかしゆみの拳は私の頬を捉えた。「ごめん。」 カメラが止まった後私のところにゆみがかけよってきた。いかにも心配していた表情だった。 5. 喫茶店できょうかと待ち合わせした。「ねぇ、ちょっと相談事があるのだけど。」 きょうかから連絡が来るということはよっぽどのことなのかと覚悟してきた。そして私がコーヒーを飲み終えるころに彼女がやってくる。「ねぇ、こないだの撮影おかしくなかった」「え?いつの撮影?」「あのゆみとのけんかシーンを撮った時よ。」 彼女はあの殴りつけられたシーンがわざとではないかと疑っていた。私はいつものことだと思っていたので、彼女の指摘には驚いた。というのもゆみは演技になるとその役に入り込む癖がある。殺された姉の復習をするシーンではやけに髪の毛を強く引っ張っていたし、宗教にはまってしまう役では私の腹部を蹴りつけられたことだってあった。しかし演技が終わった後の穏やかで明るい彼女の様子を見ていると、私はわざとのようには見えなかった。「わざとではなきゃいいのだけどね」きょうかは不安を隠せない様子だった。「大丈夫よ」私は笑って見せた。しかし心の中では私も不信感を持ったまま二人は喫茶店を後にした。 6. 今日は長く続いた話の最終回の撮影だ。夢を追いかけたアパレル業界の女性起業家が夢を追いかけるのがつらくなり、自殺をするというバッドエンドだった。私は脚本通り窓やドアを完全にマジックテープで目張りした後、練炭を焚いた。「私はもうダメみたい。毎日頑張ってみたけど、夢がかなわないならもう生きていけないわ。すべてを捨ててまで夢を追いかけてきたのに。」そう言って私は倒れこんだ。それにしてもなんだか息苦しい。でもゆみのことだから大丈夫だと信じていた。私は一度一人の人を肉体的にも、精神的にも傷をつけてしまった。何度も自分に過去のことだと言い聞かせてきたがそのたびに後悔した。だから今度は信じたい。きっとこの撮影には練炭は使っていない。彼女たちは私を殺そうとはしていないはずだ。「きっと息苦しいのも気のせいだよ。部屋を密封しているからだ。」そう思うことによって不信感は私の中から一瞬で消え去った。私は次第に気を失っていく。その間レンズの向こうは絶え間なく動いていた。 7. 今朝、一軒家の一室で遺体が発見された。名前は町野 美紀(まちの みき)23歳。 彼女は女優を目指しているフリーターであり、よく動画配信サービスのドラマに出演していたらしい。死因は一酸化炭素中毒による自殺で、部屋に入った形跡は誰もいない。死後五日後にようやく発見された。その一軒家の一室は、彼女自身の名義で借り入れていた。なんといっても自殺の決め手だったのが部屋に置いてあったビデオカメラだ。彼女は遺書の代わりにビデオカメラにメッセージを入れていた。彼女が出演していたドラマは最終回間近だということもあり、視聴者からは悲しみの声も多く寄せられていた。 8. シックな雰囲気に包まれたバーの中で一人の女性が入店した。彼女は美紀と一緒に動画配信サービスのドラマに出演していたゆみだ。彼女は一人の女性のところへ歩いていく。どうやらゆみと待ち合わせしていたその女性はドラマの脚本を書いていた人だったらしい。「どう?最高のハッピーエンドは」「私は好きじゃないわ、もし自力で部屋を出ていたらどうしていたの?」「大丈夫よ、わたしは復讐のために美紀のことを知りつくした。まるでカルト宗教にすっかりはまった様子を見ているようでスッキリしたわ、ありがとね、ゆみ」「それはそうと美紀と何があったのか教えてくれない?」 やがて彼女は少しの沈黙の後に小さく口を開けた。 9. 美紀と祥子が出会ったのは高校生の頃。お互い友達ができなくて一人で高校生活を送っていた。そして祥子は勇気を出して美紀に近づいた。気が付けば二人は仲良くなり、いつも一緒にいた。運動大会の日も修学旅行の日も卒業式の日も。「ねぇ、祥子、卒業式が終わったパーティーやらない?二人だけだけどね。」 美紀はそう提案した。祥子は美紀に渡された紙に書いてあるところに行った。玄関の前に着くと、見知らぬ三人の男性に無理やり部屋へ引きずり出された。目隠しされ、手足を縛られた上に彼女は何度も暴行を受けた。祥子は美紀の名前を何度も叫んだ。「もう終わりにしようか。」どこか聞き覚えのある女性の声がした。すると祥子の太ももに針が刺さった。その針は抉り出されるように祥子の太ももの中を移動していく。祥子はあまりの痛みに気が狂いそうになっていった。彼女の中ではもはや恐ろしいトラウマになっていた。人間のやることではない。祥子はあまりの痛みに気を失っていた。目が覚めると痛々しい文字で「一期一会」と描かれていた。 祥子は戦慄した。それから彼女は今でもその痛みと悲しみの中で生きている。消えない傷とともに。
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