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「ちょーだい、華夜子」
最高に楽しそうな陸の口へ、華夜子は震える手で箸を進めた。
彼が玉子焼きを咀嚼するのを無事見届ければ、大きな仕事をやり遂げた達成感と疲労感がどっと押し寄せる。
ただでさえ蒸し暑いのに、それとはまた別の汗が吹き出してきた。
彼の望み通りにした。
もうこれでなんの文句もないだろう。
恥ずかしさから急いで弁当箱や箸を片づけていると、陸が何やら呟いた。
華夜子が面を上げれば、泣き笑いのような形容し難い相貌の陸がそこにはいた。
「すげー美味しいよ、華夜子」
甘い声音で囁かれ、華夜子の胸が大きく波打つ。
「華夜子、料理の天才なんじゃない?」
大袈裟過ぎる褒め言葉が、華夜子の心をくすぐる。
「こんな美味い玉子焼き、初めて食べた」
大仰に感想を述べる陸に、華夜子は堪え切れずに失笑した。
「出汁と砂糖を入れただけの、ただの玉子焼きだよ。大袈裟過ぎるでしょ」
くすくす笑っていれば、瞬きもせず自分を凝視している陸に気づく。
華夜子はどきりとして、笑うのを終えた。
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